自分が情けない 33歳にもなって、何もできない 消えてなくなりたい。
なんて思ったことは一度もない。 恥の多い人生を送ってきた。 「失敗した」と赤面するような経験も多々あるが、人に話せるようになった時点で、さほど失敗とは言えない。 今思いつく失敗も生産的な反省など浮かばない。 なぜ、こんなことになってしまったんだろう。なぜ、自分で自分を恥ずかしいとおもってしまったのだろう。 苦しい後悔だけが付きまとう。 この企画の趣旨とは異なるかもしれないが、「あの失敗があったから」なんて素敵な話にさせられてたまるか! というのが本音だ。 あの
2020年7月に仕事をやめて、9月まで派遣やってたんだけど、そこから無職だ。 たまに、地元の友人から「大丈夫?」って連絡来る。 もう最近は、「全然大丈夫じゃない」と答えてる。 そしたら「大変だよな」とか「生活費どうしてるの?」的に言われる。 まともに就職活動したことないから難しいなー 面接とか何回かしたけど、ダメだったなー 途中でダメになる。 転職エージェントにアドバイスされるけど、嘘ついてる気になる。 無職期間長いのも、「反省していることを伝える」と言われたけ
と思いつつ、まだ、仕事ないや。 あー 死にたい 死にたくなくて笑って生きたくて死にたい
そう思って生きていたい。 僕はどうやら少し権威主義なんだろう。 偉い人や成功者の言ったことは「正しい」と思ってしまう。 でも冷静に考えて、そんなことない。 同じこと言って、同じことして野垂れ死んだ奴もいるさ。 もちろん、受け手側の解釈もあるだろうけど、やはり人間、運の要素がでかいんじゃないか。 人によって「成功」の基準だってまちまちだ。 僕が焦がれて焦がれて、止まない人も恐らく50%は変なこと言ってやってるって思うようにして、自分の目を開けるようにしようと思う。
今日も刺している。 屈託なく笑っているあいつを いつも正しい先生を 無償の愛を押し付ける両親を モノクロの世界に、 鮮血だけが彩りを加える。 清々しい きっと快晴ならこんな気持ちなんだろう。 明日もまた、刺していくんだろう。 同じ人を違う刃物で。 誰も傷つけず、 自分だけ傷つけ、 自分だけ慰めていく。 街のチンピラ 偉そうな政治家 賢いニュースキャスターも この刃物があれば怖くない。 対等でいられる。 ある日、刃物がバレた。 刃がついているはずもないのに。 僕は
僕は、今無職だ。 職がない、肩書きがないということに、焦燥を覚えるが、何より嫌なことは、そんなことで焦ったり不安に思ったりしてしまうこと自分だ。 仕事で失敗したことは多々あるし、人に怒られることも苦手だ。 そんな僕を救ってくれたのは、マルチバース論だ。 マルチバース論とはなんぞや? そんな人もいろかと思う。 多元宇宙論とか書けば少しイメージが湧くだろうか? というか、文学部卒の僕にも、細かくは分からない。 宇宙がいくつかあると、ざっくりそんな感じ。 僕が富山にい
今日、朝の「ワイドナショー」で3時のヒロイン福田麻貴さんのTwitterでの発言を取り上げて議論していた。 全体的になんとなく記憶している範囲で書く。本来なら出典など細かく表示すべきなのだろうが、時間がかかるので、やりません。 福田氏のTwitterでの発言は3時のヒロインは容姿いじりをネタで辞める宣言。 容姿いじりはお客さんに年々受けなくなっているからだそうだ。 僕もお笑い芸人をやっていた時、こんなことを経験した。 ネタ中のことだ。相方の容姿をいじるようなことをし
0歳の娘を寝かすために抱いているとき、曲をかけることが多い。 娘のために童謡、とかではなく、僕が時間を忘れるためにかけるのだから選曲がどうしても、どうかしてしまう。 今日は、 平井堅「ノンフィクション」 僕が平井堅で一番好きな曲です。「瞳をとじて」より好きです。瞳は閉じられない。 森山直太朗「生きてることが辛いなら」 これまた、森山直太朗で一番好きです。「さくら(独唱)」より好きです。学校で合唱した。独唱したかった。 中島美嘉「僕が死のうと思ったのは」 Ama
無職なのに、『シン・エヴァンゲリオン劇場版𝄇』観に行ってきた。 エヴァは、アニメ観て旧劇場版観て、マンガ読んで、新劇場版を映画館で観て、そんな感じ。 小学生のころ始まったエヴァも終わりで、僕はもう30を少し超えてしまった。 僕が好きだった、というか、衝撃的だったシーンは旧劇場版で急に実写になって、「庵野、死ね」って映し出された途端に、みんな十字架になってしまうところ。 仏教徒もユダヤ教徒もゾロアスター教徒もみんな十字架になる。 心の壁がなくなって、個体としての肉体を
小学1年生の頃、通学路を共にする友人らと帰路についていた。 そこへ、 「待て!あんたら!」 と声がして、皆で振り返った。 そこにいたのは、泣く同学年の女の子とその子の担任の先生だ。 僕らの学年は3クラスあって、僕は、違うクラスだったが、同じ町内だったこともあって、その女の子のことは、知っていた。 話を聞くと、どうやら、僕らのグループがその女の子に嫌がらせをしたらしい。 その時、僕は、「そうなの?」といった感じだ。 というのも、僕がそのグループと合流したのは、帰路に
noteってみんな書いてるなー と、ふとTwitterを眺めてた どうも、何かを継続して続けるってのが苦手な性分らしい それも、3日坊主とかならまだいいんだけど、数ヶ月か半年か1年くらいは続けるもんだからタチが悪い。 気がつけば、いい歳のおじさんになってしまった。 「いい歳のおじさん」と人から言われていた時、何にも感じなかったが、自分の母親から 「もうおじさんやろ」 と言われた時に、少しショックだったことを考えれば、なるほど、自分も年齢を重ねることに抵抗したい、