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顎関節症とストレスと針治療

病気や体の様々な不快症状は、もちろん遺伝的な要素も大きいですが、育った環境や今住んでいる環境、日中過ごしている環境などによっても大きく変化するようです。島根には3年半ほど住んでいましたが、近所の医者が言うには、気候性の鬱が多いとのことでした。確かに、鬱の患者の割合は、東京と比べると多かったように思います。

東京は世界で最も人口密度が高い場所だと言われています。地方を旅行してみたり、外国へ行ってみるとわかりますが、確かに東京の人の多さ、居住空間の過密度は異常です。頑張って稼いで念願のマイホームを購入したとしても、隣家との距離が近すぎて、窓を閉め切っていても、生活音が四六時中聞こえてくる、結局はアパートやマンションに住んでいるのと変わらない、なんてことは珍しくありません。

サラリーマンや学生は職場や学校へ行くため、毎日満員電車に押し込まれ、プライベートスペースを確保するのは至難の業です。それゆえか、最近は肩こりや慢性頭痛に加え、顎に異常を訴える人が増えてきたように思えます。いわゆる、ストレスによる食いしばりや歯ぎしりが常態化しているような患者が多くみられます。島根にいた頃は、鬱のほか、肩凝りや腰痛などの単純な病態を訴える患者が多かったですが、東京では難治性かつ複雑な病態の患者がとても多いです。顎関節症もその1つです。

顎は主に下顎を引き上げる4つの筋肉で構成されています。側頭筋、内・外翼突筋、咬筋です。強く噛み締めてみるとわかりますが、斜角筋や胸鎖乳突筋など、首の側面の筋肉も補助的に使います。したがって、顎に異常がでると、側頭筋、内・外翼突筋、咬筋の他、首の横が凝ってくることもよくあります。それに付随して、椎骨動脈や外頸動脈など、内耳を栄養する血管が圧迫され、聴力低下や耳鳴り、耳閉感、突発性難聴、鼓膜の痙攣などの症状が同時にみられることがあります。また、頸部で迷走神経が圧迫され、胃腸の異常や自律神経系の異常などが出ることもあるようです。顔に異常が出やすいケースでは、まぶたが不随意に痙攣したり、顔面神経麻痺(ベル麻痺)などが起こることもあります。ちなみに、首が不随意に動くチックのような症状の場合は、頸部全体が悪い可能性があります。

顎関節症、顎の痛み、顎がずれているような感じは、当院のような鍼治療であれば、1回で改善することが多いです。しかし、これはあくまで症状が軽度な場合であって、大臼歯(奥歯)にヒビが入ったり、折れてしまうとか、顎が外れてしまうというような、重度の噛み癖や食いしばり、歯ぎしりがある患者においては、ある程度症状を軽減させることは出来ても、完治しないケースもあります。しかし、日本の一般的な針治療に比べると、確実な効果がみられるケースがほとんどです。主に側頭筋と翼突筋へ刺鍼することが重要ですが、高い刺鍼技術のほかに、まずは針の太さや種類を適切に選べる技量が無ければ、効きません。

食いしばりは仕事に集中している時や、眠っている時に無意識にしてしまうものですが、特に過去のトラウマ的かつ嫌な出来事などが、睡眠中に夢の中でフラッシュバックしてしまうような人や、日中のストレスを強く感じてしまうような人は、難治なケースが多いです。

何故なら、睡眠は全身の筋肉を弛緩させ、回復させる時間ですが、寝ていても歯ぎしりが起こってしまうと、顎周辺の神経が常に興奮し、昼も夜も筋肉が休まる暇がなくなってしまうからです。しかし、定期的に顎周囲の筋肉へ刺鍼することで、食いしばりの程度を低下させたり、奥歯への負荷を低減させたり、睡眠の質を改善させることは可能です。全く刺鍼していない状況に比べると、遥かに良い状況にはなるはずです。

偏頭痛(片頭痛)は頭部のみの異常であると医学的には考えられていますが、これは間違いです。多くの場合は、慢性的な食いしばりによる、側頭筋のコリが原因です。実際に、常に偏頭痛があるような人は、ほぼ例外がないと言ってもいいくらいの確率で、顎関節症のような症状があります。そして、顎へ刺鍼すると、偏頭痛は消えるか明らかに軽減します。顎に自覚症状がないようなケースもよくありますが、大抵は顎の筋肉が硬くなっており、それらの筋肉へ刺鍼すると偏頭痛は消えるか明らかな軽減をみせます。

メディアで有名になったような頭痛外来や著名な鍼灸院、大学病院のリハビリ施設などで全く改善しなかったと訴えるような患者がたまに来院しますが、だいたい3回くらい刺鍼すれば、完治するか、症状が激減します。偏頭痛をてんかんと同じような病態であると捉え、トリプタン製剤などを使うのは、そもそもは間違っていると言えるかもしれません。

例えば、普段顎は痛くないけれど、歯科医院で歯の治療をしている時、長時間口を開けていて顎が痛くなった、というようなケースにおいては、当院で刺鍼すれば1回で痛みが取れる可能性があります。刺鍼後、数時間針の痛みやだるさが残ることがありますが、それが抜けると、顎の痛みが取れ、顎が軽くなるのを実感できると思います。

本来、鍼治療は根本的な痛みの原因である筋肉のコリを解消し、副作用のない画期的な治療法です。しかし、日本の鍼治療は世界的に見ても決してレベルが高いとは言えません。実際に、針で偏頭痛や顎関節症、顎の痛みなどが改善することを知っていたり、実際に体感したという患者は極めて少ないようです。

薬にはベネフィットもありますが、当然ながらリスクもあります。漢方薬は副作用がないと信じて常用している患者もいますが、そもそも中医学を搔い摘んだだけの日本の漢方薬は、中国に比べるとレベルが低く、誤った認識がまかり通っているのが現実です。例えば、中国では「药三毒分(薬には三分の毒がある)」という言葉が中医学を知らない庶民の間でも常識になっていますが、日本では漢方医を自称する専門医や、漢方の自称専門家でさえ、知らないことが珍しくありません。

ちなみに、日本では入手経路の問題などもあり、漢方薬で実際に使われている生薬は200種程度だと言われています。一方、中国は中医学発祥の地ですから、本草綱目に載っているだけでも11000種以上、中国全土の少数民族独自の処方なども加味すると、少なくとも15000種以上の生薬が実際に使われてきたようです。

針治療に関しても、日本の鍼灸専門学校では、黄帝内经や针灸大成、针灸甲乙经などといった、基礎的な中医経典を専門的に学ぶ、医古文のようなカリキュラムでさえ未だ存在しません。このような古典は、本来は原本を中国語で読み解くべきですが、中国語を読める教員も鍼灸師もほとんど存在しません。そもそも誤訳のない、良質な注釈書自体が、鍼灸が伝来した当初からほぼないような状態です。少なく見積もっても、江戸期からこんな具合ですから、日本鍼灸が中国鍼灸のように進化し続けることができないのは自明の理です。日本では、恐れ多くも黄帝内経の素問と霊枢をもじったようなニックネームを使っていた鍼灸師が未だ神格化されているような有様ですから、全く話になりません。

ちなみに、中国では、1976年に朱汉章が発明した小针刀を発端に、1992年には「小针刀疗法」が出版、2003年には针刀医学が確立されています。2004年には、古代九针からヒントを得た黄帝针と呼ばれる刺鍼法が中华中医药学会理事の黄枢教授によって開発され、メスを使わず低侵襲で頸椎疾患を完治させる刺鍼法が実用化されています(こちら)。さらに、2009年の中医药健康大会では、穴位埋线を進化させた浮针疗法が発表され、1回の施術で即時に可動範囲を拡げたり、瞬時に痛みを無くすことに成功しています。ここ30年で、中国はにわかには信じ難い速度で経済発展を遂げているが、中医の分野においても中西結合的な目覚ましい進歩を遂げているのです。残念ながら、日本の鍼灸師の多くは、日本国内で権威だと威張っているような人であっても、こんなことさえ知らないのが実情です。まさに井の中の蛙大海を知らず、ですから、救いようがありません。

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