#794 新たに湖を訪れた人物とは…
それでは今日も『底知らずの湖』を読んでいきたいと思います。
話の内容は、昨夜に見た怪しい夢に関することのようでして……場所はどこだかわからないが、池のような沼のような湖があります。周囲の距離もはっきりせず、湖のかたちは鶏の卵のようです。あたりの山々には春夏秋冬が一斉に来ており、空には高い峰々、滝の音は雷のようです。ここに霧が立ちこめる洞窟があります。これはどこへ続く道なのか。梅の花は白く、鶴がおり、丸木橋がかかっている。水の底には砂金が敷かれ、夏の木の実がなり、秋の果物が実っています。ここは、極楽の浄土か、天上の楽園か……。金翼の鳥が神々しく歌い、白色の花が神々しく舞っています。なんという怪現象なのか!雨露にさらされている高札を見ると「文界名所底知らずの池」と書かれています。どこからともなく道服を着た翁が来て、そのあとから仏教の僧侶とキリスト教の信者がやってきて三人で松の根に佇み、湖の風景を見て、空前絶後の名所なりと言います。水は智、山は仁、梅は節、松は操、柳は温厚の徳、橋は質素の徳、紅葉は奢るもの久しからずという心なのか…。
O Lord[オーロード]たるにてもあしこのおそろしげなる洞門は何ぞのものぞや。伝え聞く天門の邊[ホトリ]にも地獄に通ずる道はありとこれなめり/\かしこし尊し。まことにいしくも作られたる神の湖かな。併[シカ]しながら斯[コ]う見たる所は流石に水の浅[アサ]うも見ゆるが些[チ]とばかり歩渡[カチワタ]りして見ばやといふ。夫子[フウシ]も沙門[シャモン]も之れに同[ドウ]じて三人[ミタリ]ながら尻端折[シリハショ]りして崖をおり一足[ヒトアシ]ふみいれてや思うには似ず。深かりといひ/\又[マタ]一足進めて彌[イヨ]深し三足四足[ミアシヨアシ]いよ/\深しいよ深しと調子づきてすすまれけるが見るみる深みへはまり円頭[マロキアタマ]も黒き頭も無残や跡形もなくなりけり。
とばかりありて又も人の来るけはいしけり。見れば頭[カシラ]には古風なる帽[ボウ]をいただき身には長短[ユキタケ]のいとよく適[カナ]ひて文章燦然[モンショウサンゼン]たる衣[イ]と裳[ショウ]とを被[キ]て手に規矩準縄[キクジュンジョウ]を握り背には弁慶といふ猛者[モサ]のやうに七道具[ナナツドウグ]を負い腰には艶[ツヤ]だし磨粉艶布巾[ミガキコツヤブキン]などいふ種々[クサグサ]の機械をさげたる人来[キ]にけり。先ず懐中より時器を取[トウ]でて時刻を計りやがて又前と後とを顧みて今あゆめるは我[ワレ]かはた他[カレ]かと哲学者といふもののやうに自他をただし扨後[サテノチ]一二三四と跛行蹉行跎行難行[ハギョウサギョウタギョウカンギョウ]してやう/\に岸頭[ガンドウ]に歩み近づきあはれこよなうも美[ウルワ]しう出来たる湖かな。水に波瀾ありて山の姿に起伏あり。奇厳怪石龍の蟠[ワダカマ]り虎の嘯[ウソブ]けるが如きは隠喩にして花の笑ひ尾花の人を招けるは活喩[カツユ]とやいはん直立[チョクリュウ]千尺[セキ]の老樹は崇高[スウコウ]の相にして玲瓏[レイロウ]たる小鳥の声は正[マ]さに美麗の音とすべし。爛熳[ランマン]たる春の花はいへば更なり。秋の眿[ナガ]めの種々[クサグサ]をも一所[ヒトツトコロ]に取り集めたる。所謂統一[ユニテー]の中[ウチ]の変化[ヴァライアチ]とは実[ミ]に対す此照対[ショウタイ]頗るめでたし。
ということで、この続きは…
また明日、近代でお会いしましょう!