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#810 未来を説くをやめよ!進歩を説くをやめよ!

それでは今日も坪内逍遥の「梅花詩集を読みて」を読んでみたいと思います。

逍遥は、詩人の世界を、「心の世界」と「物の世界」に分けます。「心の世界」は「虚の世界」にして「理想」であり、「理想」を旨とする者は「我を尺度」として「世間をはかる」。彼等を総称して「叙情詩人(リリカルポエト)」とし、天命を解釈する「一世の預言者」とし、「理想家(アイデアリスト)」とします。「叙情詩人」は、作者著大で、「理想」の高大円満であることを望み、一身の哀観を歌い、作者の極致が躍然し、万里の長城のようである。「物の世界」は「実の世界」にして「自然」であり、「自然」を旨とする者は「我を解脱」して「世間をうつす」。彼等を総称して「世相詩人(ドラマチスト)」とし、造化を壺中に縮める「不言の救世主」とし、「造化派(ナチュラリスト)」とします。「世相詩人」は、作者消滅し、「理想」の影を隠し世態の著しさを望み、小世態を描き、作者の影を空しくして、底知らぬ湖のようである。我が国には短歌・長歌・謡曲・浄瑠璃等あるが、一身の哀観を詠ずる理想詩にとどまり、現実を解脱できていない。このたび、梅花道人があらわした新体詩は物象を解脱し造化を釈す試みは、まず喜ぶべきである。山田美妙や宮崎湖処子の新体詩は造語造訓が難渋であるがために理解されない事が多いが、梅花道人の作はこれと異なり所々死語を活かし、大体を純然たる国文調にして、荘子のような楽天詩人であること火を見るより明らかである。技術と観念を兼ねそなえてはじめて詩人である。造化派は自我を脱して各性情を霊写すべき大任があるため大技量を要するが、叙情派は観念を有形・総合・描写すれば足りるため技能を比較的要しない。梅花道人は後者に属す。

卓然[タクゼン]明治の天地に立ちて後[ノチ]に豫言者[ヨゲンシャ]たらんとする理想派の新詩人として梅花道人を批判せんとすれば勢[イキオ]ひ道人が理想を評せざる可[ベカ]らず。道人の理想低きか卑[イヤ]しきか高きか太[ハナハ]だ卑しからんか。道人は一箇[コ]の妄念を歌ふもの〻み。其技倆如何ばかり妙[タエ]なりとも何ぞ詩人として稱[ショウ]するに足らん。或は太[ハナハ]だ高からんか。予は道人が切磋琢磨し彌々[イヨイヨ]其技倆を長じて新日本の大豫言者たらんことを求めざるを得ず。知らず道人の楽天教[ラクテンキョウ]ポープの如きかウオルテールの如きかジョンソンの如きかテンニソンの如きか将[ハ]たブラウニングの如きか。
梅花道人は荘子派の楽天詩人なり。道人以為[オモヘ]らく人生は手に結べる水の月の如く且消え且結ぶ虚象[ウタカタ]の泡の如し。四大原是幻[ゲンゼゲン]五陰本来空[ホンライクウ]天と唱ふる天も無く地と稱へたる地も無し。されば人間は粟飯[アワイイ]炊[カシ]ぐ間[マ]の夢に遊ぶ旅人のごとし。花の香[カ]に迷へばこそ行手[ユクテ]を鎖[トザ]す霞[カスミ]憎けれ。我が香[カ]に迷ふ心を醒[サマ]さば谷川[タニガワ]の岸に肱枕[ヒジマクラ]して夢洗[アラ]はする馬追[ウマオイ]の心の中の長閑[ノドカ]なるが如く神代[カミヨ]ながらの風情あるべし。さあらんには穢土[エド]も其儘極楽にして心佛衆生無差別なり。面白や/\此世開けてより今早[イマハ]や四五千年に餘りぬれど竹は竹なり花は花なり。造化は終[ツイ]に移す可[ベカ]らず。知らずや造化の本相[ホンソウ]は一如[イチニョ]なり。萬法無差別天下平等然るに世間小智[セケンショウチ]の徒[トモガラ]おのが小智をもておのれをあざむき大聖[タイセイ]が権教[ゴンキョウ]の由来を了[リョウ]せず。区々跼蹐[ククキョクセキ]して徒[イタヅ]らに差別を説き又其差別の影を追[オウ]てあなたこなたゆらりくらりと徘徊し嵐待つ間[マ]の夜櫻の身とは知らで。頼むまじき明日を頼む憐[アワレ]むべし笑ふべし。嗚呼軀[ムクロ]已[スデ]に亡[ホロ]ぶべくは魂魄のみが残るべき理[コトワリ]あらんや。假令残らばとて只現在のけふの外[ホカ]明日も明後日も無きものを残るとも何にかせん。霊魂不滅とは聖人が俗を誡[イマシ]めの方便たるに過ぎず。未来を説くを休[ヤ]めよ。万法もと虚空なり。目前の刹那の外[ホカ]に何ものかあらん。進歩を説くを休めよ。彼れも無く我れも無ければ進退とは目前一刹那の前後[マエウシロ]といへるのみ。嗚呼をかし。本来空ならんには進むとも何の益ぞ。退[シリゾ]くとも何の損ぞ。世の中は只面白し/\。造化もと無情なり。呼べど来[キタ]らず問[トエ]ど答へず。鐘のみ只つくば山とヾろ/\水のみ只すみだ河だう/\たり。さはさりながら此世に生れ来し上は世にふさはしき道を守りて意馬[イバ]の狂ふをとヾめ喜怒哀楽を秤の如く平[タイラ]にし実相の心の鏡を研ぎよしあし草の姿を正寫[セイシャ]せしめて執着の絆を断つべし。しからんには極楽界[ゴクラクカイ]まつげの下に在りあら面白や/\。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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