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#796 桜と紅葉が同時に見れる湖

それでは今日も『底知らずの湖』を読んでいきたいと思います。

話の内容は、昨夜に見た怪しい夢に関することのようでして……場所はどこだかわからないが、池のような沼のような湖があります。周囲の距離もはっきりせず、湖のかたちは鶏の卵のようです。あたりの山々には春夏秋冬が一斉に来ており、空には高い峰々、滝の音は雷のようです。ここに霧が立ちこめる洞窟があります。これはどこへ続く道なのか。梅の花は白く、鶴がおり、丸木橋がかかっています。水の底には砂金が敷かれ、夏の木の実がなり、秋の果物が実っています。ここは、極楽の浄土か、天上の楽園か……。金翼の鳥が神々しく歌い、白色の花が神々しく舞っています。なんという怪現象なのか!雨露にさらされている高札を見ると「文界名所底知らずの池」と書かれています。どこからともなく道服を着た翁が来て、そのあとから仏教の僧侶とキリスト教の信者がやってきて三人で松の根に佇み、湖の風景を見て、空前絶後の名所なりと言います。水は智、山は仁、梅は節、松は操、柳は温厚の徳、橋は質素の徳、紅葉は奢るもの久しからずという心なのか…。三人は崖をおりて湖に足を踏み入れますが、深みにはまり、跡形もなくなってしまいます。その後、新たな人物が現れます。古風な帽子をかぶり、弁慶のように七つ道具を背負い、色々な道具を提げています。今歩いているのは自か他かと哲学者のように正しながら美しい湖の岸辺に近づきます。その後、老樹の後ろから新たな人物がやってきます。頭大きく眼差し鋭く紙子羽織を着て羊羹色の和冠をかぶっています。

此處[ココ]に咲乱れたる桜は如意輪堂[ニョイリンドウ]の南のかた何某[ナニソレ]といふところより移せるなり。なべての風景は西湖[セイコ]に形取[カタド]れること明[アキラ]かにして遠近[オチコチ]の山々は瑞西[スイッツル]の面影とこそ見たれ。殊に嬉しきはそれそのそこに生茂[オイシゲ]りたる奇草[クシキグサ]なり。これは本草綱目に見えたる無根草[ムコンソウ]といふものならん。

『本草綱目』は、明王朝の李時珍(1518-1593)が1578(万歴6)年に完成させた、中国の本草学史上最も内容が充実した薬学書です。日本でも出版から数年以内には初版が輸入され、本草学の基本書として大きな影響を及ぼしました。

又[マ]た感ずべきはあの楓ぞかし。古蘇城外[コソジョウガイ]の楓橋[フウキョウ]より移し植[ウエ]たるにてこそ候[ソウラ]はめ。まことに人此の湖のほとりにたたば一旦夕[タンセキ]にして尤[ケヤケ]き博識[モノシリ]となるべし。只一つの憾[ウラ]みは四時[シイジ]の序[ツイデ]を紊[ミダ]し春かと思へば秋、秋かと見れば冬夏の弁別[ワイダメ]もなきことこそ無念なれ。春ならば紅葉は無かるべく秋ならば桜は咲かであるべきにいかなれば斯う混[ウチマ]ぜたるやらん。然れども仙人の在る所には暦日[レキジツ]も無く四季も無しときく。

ということで、この続きは…

また明日、近代でお会いしましょう!

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