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#821 頭を垂れ、目を塞ぎ、口寄せの儀式が始まった!

それでは今日も坪内逍遥の『梓神子』を読んでいきたいと思います。

第一回は、恐ろしい夢にうなされている「おのれ」が、怨霊の口寄せをしてもらうため神子の家を訪れるところから始まります。六十あまりの翁に案内されて家の中に入ると、六畳の部屋の南には小庭、右には居間、左には奥座敷があります。しばらくすると、丸髷を小さく結った五十あまりの老女がやってきます。眼差しも話し方も物静かでゆるやかです。老女は、死者・生者の招魂は神のしわざで自分の通力ではない。何を口走っても自分は覚えていないと言います。そして、老女に案内されて二階へあがると、六畳一間があります。そこには祭壇がしつらえてあります。種々の供え物や樒や燈明が配置され、高足の机には細く長く切られた紙切れが一面に貼りつけられて垂れています。見ると、何月何日、何歳の誰、と書かれています。

男女[ナンニョ]が信仰の志[ココロザシ]に主人[アルジ]が代[カワ]りたる筆[フデ]の跡なるべし。「彼[カ]の巫[カンナギ]梅ぞめの小袖[コソデ]かいどり座敷になほり弓打[ユミウチ]たゝく」かと見ゐたるに、さるむづかしき心じらひは無くて、机の前に据ゑたる方[ホウ]二尺ばかりなる高麗縁[コウライベリ]の小畳[コタタミ]の上に突[ツ]と乗りて、左手[ユンデ]向きて端座[タンザ]し、そが傍[カタエ]にありける三寶を取りて眞向[マムカ]ひに置きぬ。清き水を八ぶ目[メ]にたゝへて、樒[シキミ]の葉二つ三つ浮[ウカ]べたる磁器[セトモノ]の椀を載せたるなりけり。さて後[ノチ]古びたる錦[ニシキ]の袋に何物[ナニモノ]とも知らず幅一寸あまり長さ八寸ばかりなるものを入れて、黒き絹の太紐[フトヒモ]にて其頭[ソノカシラ]のかたを纏[マト]ひ、同じ糸の黒き房[フサ]ふさ/\と附きたるを双手[モロテ]組合せてゆるやかに握りもち、おのが膝頭[ヒザガシラ]のほとりに安んじ、頭[コウベ]を垂れ、目を塞[フサ]ぎで、いざやわが眞向[マムカイ]へ進みたまへ、といふ。

「かいどり(掻取)」とは、着物の裾が地に引かないように、裾を引き上げることです。

「彼の巫梅ぞめの小袖かいどり座敷になほり弓打たゝく」は、室町期の作である「鴉鷺合戦物語[アロカッセンモノガタリ]」巻九の一節です。祇園林のカラスと糺[タダス]の森のサギとの合戦を擬人化した軍記もので、以下、神降しの呪文が唱えられます。

ここに雀小藤太が妻子のなげき申ばかりなし、せめてもの事に、正しき巫[ミコ]鵐[シトド]を請じて、小藤太を梓の弓にかく、かの巫、梅染の小袖かいとり座敷になをる。弓をうち叩て、
天清浄地清浄、内外清浄、宅清浄、六根清浄と清浄し進候、上は梵天帝釈、四大天王、下は炎魔法王、太山府君、五道の冥官、司命司禄、海内海外、龍王龍象、別しては日本国中大小の神祇、殊には王城の鎮守鴨上下、河内国には飛鳥部大明神、雄黒大明神、和泉国には大鳥大明神、阿波国には白鳥大明神、東山道に鳥海大明神、火鷹大明神、東海道には香鳥大明神まで、梓の弓をもておどろかし申、それ我朝は神国なり、神明の垂跡はこれ仏陀の慈悲のあまり也、各納受をたれて、只今よりきたる所の亡者の冥路の語、まさしく聞せたまへ。
寄人は今そ寄来る長はまやあしげの駒に手綱ゆりかけ

「天清浄地清浄、内外清浄、宅清浄、六根清浄と清浄し進候」のところは、同じく室町期の作とされる、『源氏物語』の「葵」をもとにした能「葵上[アオイノウエ]」にも類似の曲が登場します。

天清浄地清浄、内外清浄、六根清浄。寄り人は、今ぞ寄りくる長浜の、芦毛の駒に手綱ゆりかけ

というところで、「第一回」が終了します!

さっそく「第二回」へと移りたいのですが…

それはまた明日、近代でお会いしましょう!

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