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物語

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#短編小説

恋心、文字化けにつき

恋心、文字化けにつき

 行方知れずになっていた恋心が、突然ふらり戻ってきた日、思わず私は声を上げた。
「こっ…こんにち…あ、お疲れさまです!!」

 失恋から数週間が経っていた。いや、数週間しか経っていない。
 まだまだ悲劇のヒロインでいるつもりだったし、食も細くなっていたのでしめしめとも思っていた。
 彼氏がちゃっかり他の女と楽しんでいた、とはよくある話。実は薄々気がついていたし、その脇の甘さがまた腹立たしかった。

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リスタート 《企画》#夜行バスに乗って

リスタート 《企画》#夜行バスに乗って

この町を出ようと思ったのは3日前だった。
出てどう生きていくのかはよくわからなかった。そもそも計画するってことに慣れていない。
だけど、コイツがあれば、きっと大丈夫だと思えた。

男がソレを拾ったのは3日前だった。
高速サービスエリアでゴミを収集していた時だ。
『家庭ゴミを入れないでください』
どれほど張り紙が貼られようと、ゴミは溢れかえっている。袋を持ち上げた拍子に、何かの液体が跳ねて作業服に飛

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《ピリカ文庫》桜知るウソ、僕の自転車

《ピリカ文庫》桜知るウソ、僕の自転車

「ばあちゃん、僕、自転車乗れるようになったよ!」
「そうかい、あんたぁ頑張り屋やもんねぇ」

ばあちゃんは嬉しそうに微笑むと、うんうんと頷いた。
それが、ばあちゃんの笑顔を見た最後。

はっきり言って、僕には運動神経がない。
ボールを投げれば足元にバウンドして顔に激突するし、バッドを振れば、バットの方が空高く飛んでいく。

「運動の神様にまだ気づいてもらってないね」
母さんは、僕が学校で失敗してき

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よもぎは花束になりたい

よもぎは花束になりたい

蓬田は、女の趣味が悪い。

うっすらと意識しているような、それでいて恋の対象とはまた違うような、とにかく蓬田という男子に惹かれていたのだが、蓬田は、どういうわけか、私が好きになって欲しくない女子が好きだ。

クラスには、男子がみな夢中になる女子がいた。
声色は高く、肌の色は色素が少し抜けているような透明感があって、それなのに、ケラケラとよく笑い、親しみやすさを醸し出している。
特段美人でもないのだ

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この世界の温度

この世界の温度

ギュッギュッギュッ…
美知子は、雪の上を歩くのが好き。
ギュッギュッギュッ…
月夜に照らされる白い足跡。

豪雪地帯のこの村に、お嫁に来た初めての夜は満月だった。
月明かりに照らされて、驚くほど明るく光る雪景色。
「少し歩きましょうか」
そう言われて、夜の散歩に繰り出した。
ギュッギュッギュッ…
辺り一面真っ白な世界に、聞こえるのは2人の足音と、かすかな呼吸音。

「美知子さん、誤って田畑に落ちる

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