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よもぎは花束になりたい

蓬田よもぎだは、女の趣味が悪い。

うっすらと意識しているような、それでいて恋の対象とはまた違うような、とにかく蓬田という男子に惹かれていたのだが、蓬田は、どういうわけか、私が好きになって欲しくない女子が好きだ。

クラスには、男子がみな夢中になる女子がいた。
声色は高く、肌の色は色素が少し抜けているような透明感があって、それなのに、ケラケラとよく笑い、親しみやすさを醸し出している。
特段美人でもないのだが何よりも、彼女には彼らを夢中にさせる武器を持っていた。

「花枝さんのオッパイはデカい」

花枝さんは確かにオッパイが大きかった。
そして、おそらく、花枝さんはそれを武器にしているタイプで、制服のシャツは第二ボタンまで開けていることが多かったし、ジャージの下には通常Tシャツを着るのだが、彼女は、下着の上にそのままジャージを着ていて、屈むといつだって谷間がチラチラした。

もし、私が花枝さんのオカンなら、
「体を冷やすから肌着を着いや!」っていうし、「あんたオッパイ見られてるで!」って、別にそこは関西弁じゃなくても良いのだけど、とりあえず、やめた方が良いといさめるだろう。
なにしろ色白のオッパイというのは、その存在だけで、理性を吹き飛ばす破壊力がある。

女子から見ても花枝さんのオッパイの見応えはなかなかのものだったから、男子が「花枝のオッパイは宇宙」とはしゃぐのも理解は出来た。ビッグバン花枝である。

だから「花枝さんて、なんであんなにモテるの?」
蓬田が私にそう聞いてきた時、なんとはなしに希望を感じたし感動さえ覚えた。
「え、蓬田は花枝さん気にならないの?ええと…ホラ」
私は胸の前に手のひらで山を作ってみせる。
「ああ、オッパイ。そうかやっぱりオッパイか」
蓬田はそう言うと、いつもの癖なのか、くせ毛に手を突っ込んで毛束をひとつヨジヨジした。

私は妙に嬉しかった。
男子は丸ごと全員ビッグバン花枝に平伏すと思っていたのに、彼は、平伏すどころか、存在そのものを気にしていない。
そういや、男子がワーワーとはしゃいでいる時も、蓬田は大概上の空だ。

「で、それでなんで急に花枝さん気になった?」
少しウキウキした私に、蓬田は言い放った。
「ああ、俺、花枝さんに告白しようと思っているんだけど、妙にライバルが多いから困るなと」

…なんだよ、蓬田、お前もか…!!

一瞬口に出そうになったが、すんでのところでギリギリ堪えた。
ビッグバン花枝、無敵説。
オッパイ男子も無関心男子も取り込む魅力、どうかご教授願いたい。




そういえばあれは、文化祭が終わった時だった。
「ちょっと蓬田ぁ、サボってないで手伝ってよ!」
私がゴミ袋を引きずりながら教室を出た時、蓬田は、廊下の隅っこに座り込んで、今と同じようにくせ毛をよじっていた。
「あ、うん」
彼は素直に私のゴミ袋をひとつ掴むと、そのままトボトボ私の後ろを歩き出した。
「なに、どしたのよ、あからさまに落ち込んでんじゃん」
うん。小さな声で頷くと、そのまま何も言わずついてくる。
「大丈夫?具合悪いの?」
ううん。トボトボ。

カオナシか。

無言でついてくる蓬田は、不安そうな、置き去りにされたら困るというような顔をしていて、ただのゴミ捨てなんだけど、とにかく私も神妙な顔をしながら無言でそのまま歩いた。

他校の彼女に、何考えているか分からないとつい先程フラれて落ち込んでいる。
そう教えてくれたのは、ゴミ捨てを終えて「ありがとねー」と私がその場から離れようとした時だった。
「蓬田、彼女いたんだ?へぇー!どんな子?」
つい興味を駆られて聞いたら、蓬田は携帯に写る彼女の写真を見せてくれた。
「こ、これはまた、なんというか派手な美人だね…」

蓬田の素朴な雰囲気とはまるで違う、女子大学生みたいな大人の色気ムンムンの、もはやコスプレと見紛う制服姿の元カノ写真は、私を動揺させた。
「俺、名前がよもぎだから、自分と違う派手な感じに惹かれるんだと思う」

いや、なんだその説明、わからんぞ。
自分の苗字に恋愛の好み左右されるなよ。

ところで蓬田は、素朴な雰囲気を醸し出してはいるものの、よく見るとなかなかの男前だ。
背は高いし、顔の彫りも日本人離れしていて、瞳はグレーがかっている。ホワホワの柔らかそうなくせ毛は、母性をくすぐるのか、ついクシャッとしてみたい衝動に駆られる。

なので、ある一定の期間はモテているのだが、どうも話しをしてみると、間延びしていると言うか、的を得ないというか、つまり「なんだこいつ?」という印象が残る。
おそらく、元カノも見た目に惹かれて蓬田に寄ってきて、「思ってたんと違う」そうなったに違いない。

「蓬田さ、あんた、そういや前の彼女も、似たような雰囲気だったよね。オッパイとか興味がない感じを装いつつ、やっぱり、色気ダダ漏れタイプが好みなんじゃない?」

少し意地が悪い声色になってしまった。
結局、男子が男子たる生き物である以上、あのオッパイには抗えないということだ。

「そうか、花枝さんは色気がダダ漏れなのか」
蓬田は、まるで、「コーラにはこんなに砂糖が入っていたんだ」と周知の事実を、さも初めて聞いた時のように感心して見せた。

「ええ?今気付く?じゃあ、逆に、蓬田は、花枝さんの何に魅力を感じてんの?」
オイオイ純情ぶるなよ!そう思いながら聞いた私に蓬田が答えた。

「自分に正直そうなところ?こうあるべき、みたいなのを持ってないっていうか、楽しそうだし、生き方に自信もっていそうなとこ…か?」

蓬田は、意外にも人を見ていた。
花枝さんが、そういう人なのかどうかは正直分からないけども、そう言われると、前の彼女もそういうタイプなのかもしれない。

オッパイに囚われるのは、男子だけにあらず。
私も、花枝さんの人となりは一切考えていなかった。ビッグバン花枝意外に「あの人いつも楽しそうだな」とは考えたことが無かった。

「俺は、あんまり楽しそうに出来ないっていうか、楽しんでるつもりだけど、表面に出にくいらしくて。だから、ああゆう、パァーッとした生き物に憧れるんだと思う」

蓬田は、あの時と同じようなことを言った。

ああ。蓬田。
なんか分かるよ。
自分にないものを求める感じ。
私はさ、蓬田が、見てくれが割といいのに、それに気づきもせず、執着してないみたいなところに惹かれてるんだ。

実は見てくれに1番執着しているのは私だ。
可愛いとか魅力的とか思われたいのに、そう強調するのは恥ずかしいことだと思っているから、自分の容姿に興味がないフリをしている。
だから、堂々と可愛いらしさや、その抜群のスタイルを全面に強調する花枝さんが苦手だし、そういう人に、蓬田を持っていかれたくない。

「蓬田、なんかあんた深いねぇ、そして、惚れっぽい」

蓬田は、多分、初めて私の前で声を出して笑った。
「杉名さんもさ、スギナって苗字だから、派手な男とかに惹かれない?」

おいこら、雑草苗字が、みんなキラキラヒューマンに惹かれると思うなよ。

ちょっとだけ視点がおかしいぞ蓬田。
だけどまぁ、当たってなくもない。
蓬田はその素朴さに隠しきれないキラキラを抱えている。

「派手かどうかは分からないけどさ、女の趣味がどうもいまいちな男に惹かれる傾向はある」
「ああ、カッコいいやつって、大概モテる女子と付き合うもんね」

お前が言うなよ、蓬田。



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よもぎだ。ヨモギダ。蓬田。

「よもぎだ」って言いたくて書きました。
なんか、口に出したい響きの名前ってありませんか。

あと、雑草みたいに河原とかで自生しているヨモギ。
あれ、本人(本草?)は「俺、花束になれない雑草」って思っているっぽいけど、効能もあるし香りもいいし、ヨモギ団子とかヨモギ蒸しとか、実は重宝されているってことに、摘み取られて使用されるまで気付かないんだろうなぁーって考えていたら、私の蓬田くん誕生です。

いつかいい出会いをして、その効能を発揮していただきたい。
スギナさんも、春を告げる土筆つくしの魅力があるので、早く、自分の魅力に気づいてね。

という、春を待ち焦がれつつ空想したフィクションです。



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