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短編小説・ショートショート

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ショートショートは2000字前後まで、短編小説はそれより長めの読み切りです。
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2022年6月の記事一覧

【ショートショート】ひとつ多いよ

【ショートショート】ひとつ多いよ

 花子は息子のエイ太、ビイ太を連れて、久しぶりにファミリーレストランへ来た。案内された席に着くと、すぐ後ろから来た男のひとり客が、隣のテーブル席に座った。

 ──あら、いい男。

 ──お、いい女。

 一瞬、ふたりの目がぴたりと合った。

「ママ、本当にひとり1つ頼んでいいの?」

 小学3年生のビイ太が聞いた。

「もちろんいいわよ。そのためにわざわざ来たんじゃない」

「うわーい、何年ぶり

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【ショートショート】ひょひょいのひょうい

「太郎くん、涙が……」

 吉男が太郎の顔を見て、びっくりして心配そうに言った。

 ──あれ? 僕、あの人を見ていると、なんだか懐かしいような悲しいような……なぜだろう、どこかで会ったことがある気がする……

「あっちの人も泣いているね」

 吉男が太郎の視線の先にいる初老の紳士を指差して、太郎の耳元で囁いた。

 ──やっぱり、あの人も何か感じるんだ……たまたま中学の修学旅行で来ただけだけど、

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【短編小説】ウサギ石③(最終話)

【短編小説】ウサギ石③(最終話)

 試合後の表彰式では、太郎は今大会のMVPに選ばれた。大洋が去っていくのを見て泣き腫らした顔は、人々の感動を誘うのに一役買った。写真撮影、インタビューなどを終え、ロッカールームへ戻る途中、チームの世話係として手伝いに来ていた母に呼び止められた。

「太郎、おめでとう」

「うん。これ、持って帰って」

 式でもらったMVPの盾を母に押しつけた。

「今ね、小学校のPTAで一緒だった人からメールが来

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【短編小説】ウサギ石②

【短編小説】ウサギ石②

 吉男が施設に入れられてからしばらくは、太郎の頭は吉男のことでいっぱいだったけれど、月日が経つにつれ、思い出す時間は徐々に減ってゆき、時折はっと吉男のことが思い浮かぶと、忘れていたことを申し訳なく思うのだが、忘却は、何もしてあげられなかったという罪悪感に押し潰されないための防衛本能かもしれなかった。あえて思い出そうとするのも、そのわざとらしさが失礼な気がして、おのれの内なる葛藤を鎮めるために、自然

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