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古代チベットが気になるんだ!

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古代チベットには秘密がいっぱい。驚くよ。
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古代チベットが黄河文明を開いた?(3)

古代チベットが黄河文明を開いた?(3)

 夏王朝を開いたという伝説の帝禹は西羌(西のチベット族)出身だった。禹の先祖に黄帝がいる。黄帝は伝説上の五帝の一人とされ、氏は軒轅で姓は姫。蚩尤との戦いに勝ち、神農氏から帝位を授かった。
 黄帝の出身は河南省とされているが、黄帝ゆかりの軒轅の丘(臺)は崑崙山の近くにある。崑崙山はチベットのカイラス山のことだ。

 『山海経』第七 海外西経によれば、「軒轅の国は窮山の際ににあり、そこでは長寿でないも

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古代チベットが黄河文明を開いた?(2)

古代チベットが黄河文明を開いた?(2)

 崑崙の虚を掘り、九層の楼閣を造ったとされる禹とは、中国の夏王朝(BC2070~BC1600頃推定)を開いたとされる伝説の帝だ。黄河の治水工事を十三年かけて成功させたことで知られている。

 その禹になぜ崑崙の虚を造ったという伝説があるのか。

 『史記』六国表序に、禹は西羌に起るとある。禹はチベット族なのだ。
 『荀子』大略篇では、禹は西王母に学んだとある。

 また西王母だ。中華最初の王朝の帝

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古代チベットが黄河文明を開いた?(1)

古代チベットが黄河文明を開いた?(1)

 前シリーズ「シャンバラはどこにある?」の続きです。

 タイトル画像は弥生、古墳時代のヒット商品「三角縁神獣鏡」。その、背面の模様の中に西王母の像がある。中国の神仙世界はこの時代すでに日本に伝わっていたのだ。

 『穆天子伝』に、西周第五代穆王(紀元前7世紀ごろ在位)が、黄河の上流の、崑崙の瑶池で、西王母と供宴したとある。西王母は天帝と自称し、穆王を天子に任命したという。
 『竹書紀年』では、穆

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シャンバラはどこにある?(3)

シャンバラはどこにある?(3)

 前回のヤルツァンポ大渓谷はちょっとがっかり。でも、そこはシャンバラの境界━━つまり国境であって、シャンバラの中心ではないのだ。ヤルツァンポ大渓谷より先がシャンバラの領域というに過ぎない。

 300年くらい前の『シャンバラの道』という書物がある。
「シャンバラはラサの西側の谷にある。その近くにスメル山があり、都市社会ができている」
「シャンバラの反対側には、神聖な湖で囲まれている」
「その湖には

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シャンバラはどこにある?(2)

シャンバラはどこにある?(2)

 ヨーロッパにシャンバラが初めて知られたのは1627年のこと。イエズス会士のステファノ・カセラとヨハネス・カブラルが中国へ行くルートを探りにブータンを訪れた時に、シャンバラの話を聞いたという。
「チェンバラ(XEMBALA)というとても有名な国が実在する。そこはソグポ(Sogpo)という渓谷と境を接し…」
 ブータンからヒマラヤを越えた場所にソグポ渓谷があり、そこがチェンバラとの境なのだという。そ

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シャンバラはどこにある?(1)

シャンバラはどこにある?(1)

 前回チベットのピラミッドについて書いたので、今回もチベットの話題で。

 「カイラス山周辺でピラミッドを発見か」というニュースが流れた時、これは幻の王国シャンバラと関連があるのではというネットの書き込みがあった。
 筆者もシャンバラの単語が頭に浮かんだ。ということで、「シャンバラはどこにある?」について。

 ただ、シャンバラというと、どうしてもスピリチュアル・オカルト界隈に話が流れてしまいがち

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あれ、どうなった?チベットのピラミッド

あれ、どうなった?チベットのピラミッド

 片付けは苦手だ。
 でも、あまり暇だと気まぐれに整理整頓してみる。ただし、家全体は無理。一部屋全体もやりたくない。ものぐさなので、部屋の中の一か所だけで十分。それで、普段ほとんど開けない引き出しを開けてみた。
 封筒に入ったコピー紙の束が出てきた。昔のブログをプリントアウトしたものだ。日付は2006/10/15とある。その頃、パソコンを持っていなかったので、友人に頼んで送ってもらったものだ。

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