【青春ブタ野郎はサッカー部のマネージャーと渋谷デートする夢さえ見られないがそれでもやっぱりイチャイチャしたいよ】 〜書店員のエッセイと本紹介〜 今村翔吾 著『ひゃっか!』
渋谷スペイン坂スタジオで行われる、公開生放送番組を観に行くのが好きだった。
当時私は高校二年生。部活がない月曜日は授業が終わるとすぐに教室を飛び出して、一目散に駅へと向かった。
「ラジオDJに俺はなる!」
血気盛んに息巻く少年は、きらきらと目を輝かせて山手線に走りこむ。
「今日もありがとう」
ある日の生放送中、憧れの小山ジャネット愛子さんが声をかけてくれた。電波に乗ったその言葉は、私にとって宝物だった。『僕も将来ジャネットさんみたいなパーソナリティーになれるように頑張ります!』私はノートに大きく文字を書いて、ガラス越しにジャネットさんへ伝えた。それを見たジャネットさんは優しく微笑んで、小さくサムズアップを返してくれた。とても些細なやり取りだったが、それだけで心は満ち足りて、青い熱量をはらんだ勇気と希望が湧いたのだった。
観覧開始から一時間半後、母親からメールが届いた。
『あと四十分くらいでご飯にするから』
私は短く『了解』と返事をして、スタジオに向かって一礼。鞄を肩に抱えてスペイン坂をとととっと下っていく。膨れ上がったモチベーションにより、身体はとても軽やかだ。跳ねるようにセンター街へ乗り込み、スクランブル交差点へ向かってずんずんと歩を進める。
「・・・あ」
「・・・あ」
同じ制服を着た男子生徒と目が合い、脚がぴたりと止まった。同じくその男子生徒の脚もぴたりと止まる。彼の横には女の子がくっついていた。彼女は私と彼が所属するサッカー部のマネージャー、Oさんだった。
「おつかれ」
私はこれ以上もこれ以下もない間抜けな挨拶を放った。男子生徒、加賀見は、校則違反のパーマがかかった茶髪をぽりぽりかきながら「おう」と応える。私の存在に気付いてスッと加賀見から離れたOさんは、部活時と何ら変わらないスマイルを浮かべて「おつかれさまー」と手を振っている。
気まずそうな表情を崩しきれないまま、加賀見はぽつぽつと喋り出した。
「ちょっと飯でも食おうかなって。ほら、最近新しいハンバーガー屋できただろ。あそこだよ」
「ああー」
そんな場所なんて知らないがとりあえず頷く。
「クーポン券もらってさ」
「そうなんだ。いいね」
「うまいかどうかはわからないけど」
「ああ、どうなんだろうな」
今度は喉のあたりをぽりぽりとかいた。着崩したシャツの首元にはシルバーのネックレスが光っている。チャラい雰囲気のそれは、彼によく似合っていて少しつらい。
「・・・成生くんはどこか行ってたの?」
微妙な空気を消化できないでいる私たちの間にOさんが入ってきた。
「うん。夢を掴みに行ってた」
私は彼らへ対抗するように、挑発的なニュアンスを込めて答えた。二人の顔面にあきらかな困惑の色が浮かぶ。しかし私に一々突っ込んで、貴重なラブタイムを消費するいるわけにはいかないのだろう。加賀見とOさんは曖昧に笑い、「それじゃ」と交番方面へ歩き出した。しばらく距離を保ったままだったが、すぐにぎゅっとくっついて雑踏の中へ消えていった。
私は彼らと真逆の方向へ前進し、派手な人々をよけながら、萎えていく心を夢へのモチベーションでコーティングする。どうにもならない悔しさは、私の青春に小さな傷をひとつつけた。
私だって自分の頑張ってる姿を知ってくれている女の子と良い感じになりたかった。汗水たらして練習に励み、試合でゴールを決めて雄たけびをあげている自分を魅力的だと思ってほしかった。だがこの世界はそう上手くは出来ていないみたいだ。誰より懸命に走っても、泥臭くボールを奪っても、イケている一軍メンバーには敵わないのが理だと知ってしまった瞬間だった。
だから私は別の道を目指すことにした。
でかい夢とか目標とかを設定して、志の高い人間として生きていくことにした。
いや、そうやって思い込んで己を納得させることにしたのだった。通り過ぎてゆくカップルたちなどどうだっていい。もっと高尚な何かが俺にはある。そう強がらなければ、いつまで経っても試合には勝てない。
ボーイミーツガールな青春は嫌いだし、私の人生において邪魔なものである。
だがそれは石版に貼り付けられた絵画のように、未だ胸の內から離れない。もう三十歳を越えているというのに、ずっと空白を彷徨い続けている。無限に生まれる夢や目標を叶え続ければ消えてくれるのか。
花のように枯れてしまえと願うほど、その色は夢幻的なきらめきを増していく。
青春って、本当にずるい。
そう思わずにはいられない。
今村翔吾 著『ひゃっか!』
【全国高校生花いけバトル出場を目指す女子高生と、転校生のイケメン舞台俳優がチームを組んだ!友情と情熱。・・・そして恋。汗と涙にまみれた青春が、高校生たちの想いを彩る!】