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【森見登美彦作品はもう、俺の青春を呼び起こせない】 〜森見登美彦『シャーロック・ホームズの凱旋』〜

『夜は短し歩けよ乙女』の衝撃的なオモチロさは、高校生だった成生を完全に虜にした。

その後デビュー作の『太陽の塔』を読んで森見ファンになり、『四畳半神話大系』は彼の絶対的青春となった。
阿呆な大学生が無益な思考と行動を繰り返す荒唐無稽な物語は、やがて十八歳となった成生を京都の地へ駆り立てる。
京都サイコー!モリミーサイコー!
出町柳に出現する猫ラーメンをはふはふ啜りながら、高瀬川を流れていく小津に手を振り、四富会館の怪しげな雰囲気に飲まれ、深夜の下鴨神社で失恋を叫ぶ。
まさに最高の青春と言ってよかった。この大学生活は、悠久の時を流れる鴨川のように、終わることなく、どこまでも続く。頭のてっぺんまでどっぷりと浸かった京都の日々は、深く氷に閉ざされることなどない・・・。

はっとして、鏡越しに自分の顔を覗く。
そこに映るのは、そこそこ社会にしごかれた二十代半ばの俺だった。
暗い瞳の中に、「モリミーやべえ!」と軽やかに跳ねていた数年前の己を探すのだが、探せば探すほど霧の中に迷い込んでいくばかり。
「あなたは感受性が豊かね」あのとき好きだった十二歳上の女性に言われた言葉は、いつの間にか霞んで消えかかっている。
べったりと指紋をつけて鏡をこするが、目の下のクマは濃いままだ。

こんなはずじゃない!
焦った俺はモリミーにすがることにした。
モリミーなくして我が青春なし。なくしたものを取り戻すには、過去に戻らなければならない。

あらすじから醸し出されるマジカルな感じは、シワが浮かぶ胸をくすぐった。
最後まで読んだ者がいないという幻の小説を巡る、森見登美彦最新作『熱帯』。
分厚さに思わず身構えてしまうが、その重量感に期待も高まった。
(もしかして四畳半超えしちゃうかも!?)
ドキドキしながら紙と紙の摩擦音を立てる。

しかし、のめり込むことはできなかった。

風呂敷を何重にもしたような摩訶不思議な構想はとんでもなかったけれど、
「本当にこれ、モリミーなの?・・・」
という感情が随所随所で頭をよぎってしまったのだった。
森見登美彦という作家を受け付けることができなくなったやるせなさと、かつての衝撃的なオモチロさを見いだせなくなってしまった寂しさに全身が苛まれていく。
ああ、あの日のモリミーはもういないんだ。
現実から目を背けた心は、思い出の四畳半に引きこもり始めていた。

俺は、大がかりな世界観で丸め込まれて壮大な読書体験をしたかったわけではない。
小津みたいなやつがくだらない悪事を働いて、三条大橋の上から突き落されてほしいだけだったのだ。あの最高にひにくれた自虐的青春小説を、俺はもう一度味わいたかったのだ。

だから今作『シャーロック・ホームズの凱旋』はのっけから感動的だった。
登場するのはスランプで自暴自棄になったシャーロックホームズ。宿敵モリアーティーと傷を舐め合いつつ、相棒ワトソンを詭弁を弄して追い返してしまう自堕落なホームズ像は、まさしく俺が求めていたものだった。

こりゃきっと、窓から入り込んだ大量の蛾によって無理矢理部屋の外へ押し出されるに違いない。
そして、その大量発生の原因を究明しようと、ワトソンと共に京都の街を(あと山も)右往左往するに違いない。
膨らむ妄想を脳の端に忍ばせつつ、俺はヴィクトリア朝京都の世界へ入り込んだ。

・・・え、嘘やん。

妄想はものの見事に打ち砕かれる。途中、なんだか不穏な雰囲気を感じとった俺は一度祈りを捧げた。どうかホームズが笑える残念キャラでありますように。だが不安はあっけなく的中。案の定ガチで不穏な展開になってしまった。

一度本を閉じ、ふうっと大きく息を吐いた。

モリミー、俺は自分がこわい。あなたの作品が大好きだった青春を、このまま思い出に閉じ込めたままにしてしまいそうな気がして。
スランプで苦しんでいたというのはインタビューで読んでいたし、ホームズにもその苦悩が反映されていることはわかっている。
だけど俺の感性は阿保なんだ。『熱帯』みたいにあっちいってこっちいってモヤモヤする作品は読めないんだ。さらば!なんてヘラヘラ笑いながら鞍馬山へ飛んでいっちゃう程度のものなんだ。懐古厨と呼ばれたってかまわない、まるで成長していないと蔑まれたってかまわない、それでも俺はあのときのほんわかを求めてしまうんだ。

過去作京都とヴィクトリア朝京都と俺が過ごした京都がごちゃ混ぜになり、ひとつの物語として都合よく形成されていく。
それをひとしきり堪能すると、俺はごうごうと音を立てる鴨川へ向かい、でっち上げた空想の景色を思い切りぶん投げた。
・・・やはり森見ファンだもの。
ものすごく気になってしまうよ。
なんだかんだでモリミー大好きだもの。
ものすごく期待は抱いてしまうよ。

俺は、もう一度『シャーロック・ホームズの凱旋』を開いた。

水分がじんわりと視界に広がり、俺はそっと瞼をぬぐう。
十五年以上ファンを続けているけれど、森見作品で泣くのは初めてだった。
身体が動かないほどダメになって、なにをやっても打ち負かされて、どうあがいても苦しい時期が俺にもあった。
冷たい朝日を浴びながら、ベンチに座って鳩に喋りかけていた青春の一ページがふと蘇る。
片や天下の名探偵。
片や小さな本屋の書店員。
堕落したホームズと無力な自分を重ねるのはお門違いかもしれない。それでもやはり胸の真ん中をすーっと抜けるような風に、妙な親近感を抱かずにはいられなかった。

憧れを見せ続けてくれた思い出の作品たちとは違う。
だけど、見え隠れするおもかげが文章の端々でゆらゆらと揺れているのがわかる。
そして、かつて己の好奇心を動かそうとしてくれたそれらが、今度は克己心を動かそうとしてくれているのが伝わる。

過去へ戻るべきじゃない。
過ぎ去った青春を振り返って安心するよりも、新しい青春を開拓するほうがいい。それこそが真の凱旋なのかもしれない。
俺はぐっと拳をにぎって鏡の前に立つと、ちっとも薄くならない目の下のクマをまっすぐ見つめた。

森見作品は今後も変容し、そして進化していくのだろう。
「モリミーサイコー!」
両手を上げて叫ぶ未来が見える気がする。 

〜本紹介〜

【この意味不明すぎる設定が好き】

森見登美彦 著『シャーロック・ホームズの凱旋』

あらすじ:舞台はヴィクトリア朝京都。(なんじゃそら)
スランプに陥り、もはや事実上の引退となった名探偵ホームズ。相棒のワトソンは彼をどうにか表舞台に引き戻そうとするが、自宅に引きこもってばかりのホームズの名声はどんどん地に落ちていき…。

私は頑固な懐古厨なので、正直ここ最近の作品は個人的に受け付けられなかった。
『熱帯』を激褒めしている方々もいるが、ちょっと怪作すぎて付いていけなかったのが本音である。しかし今作は「新モリミー」として楽しむことができた。突拍子もない展開はあるものの、ホームズが詭弁を弄してワトソンを追い払うシーンはニヤニヤが止まらなかった。そもそも『シャーロック・ホームズ』に登場するキャラクターたちが京都の街を闊歩しているという画だけでもう面白い。
スランプから抜け出した森見登美彦のニューワールド、ぜひ堪能してほしい。


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