年下と年上、どっちと話すのが好き?
子どもの頃、私はいわゆる「おばあちゃんっ子」でした。父方の祖母と同居していたのですが、家族の中で祖母と一番仲良しだったのは、私だったのです。
私のおばあちゃんっ子ぶりは、実の祖母以外にも発揮されていました。近所に一人暮らしをしていたMさんという高齢のご婦人にも私は懐いており、Mさん宅にしばしば遊びに行って、おしゃべりをしたりおやつを食べたりしていたのです。
元タカラジェンヌのMさんは、大柄の洋風美人で、いつも華やか。同居の祖母は、いつも着物姿の純和風スタイルだったので、「洋風のおばあさんも素敵」と、私は思っていたのでしょう。
今でも私は近所のおばあさん達と仲が良く、おすそ分けをしたりされたりというお付き合いをしているのですが、そんな日々の中でふと思ったのは、「私は、年上の人が得意なのかも」ということでした。
学生時代も、先輩と話す時は気分が楽だったけれど、後輩に対しては、どう接していいものやら、よくわからなかったものでした。社会に出てからも、仕事相手が年上の方が、何となく自然にいられたのです。
それは子どもの頃の家族構成と関係しているのかもしれません。私は末子なので、家族の中で一番年下。周囲は年上ばかりという中で甘えん坊気質が醸成され、それが今も続いているのではないか。
が、しかし。自分もいい年になってくると、「年上の人の方が得意」などと言ってはいられなくなってきました。我が家の祖母やMさんはとうの昔に、他界。仕事の世界においても、年上の先輩方は順次、引退されていきます。今となっては、仕事関係の場において自分が最年長ということも、まったく珍しくありません。
対して自分より年下の人は、どんどん増えていきます。得意であろうとなかろうと、周囲はほとんど年下になっていくわけで、年下の方々に教えられたり支えられたりすることが頻繁にある。
そうなってくると、もう年上だの年下だのという問題が、どうでもよくなってくるのでした。若い頃は、一年の年の差が大問題になり、中学時代の部活では、三年生と一年生とではその立場に雲泥の差がありましたが、今は一年の差など、誤差レベル。上下十歳差くらいまでは、ざっくりと「同世代」という感覚になってきたではありませんか。
年上であれ年下であれ、しっかりしている人はしっかりしているということもわかってきますし、逆のケースもままあります。あの人は自分より年上だから、年下だから、という視点が、次第に意味をなさなくなってきたのです。
そんな今になって湧いてくるのは、かつての祖母の寂しさを理解してあげられなかったことに対する後悔なのでした。九十九歳まで生きた祖母は、友人がどんどん他界してしまう寂しさを口にしていました。しかし若い私には、その寂しさが実感として理解できなかったのです。今であれば、同世代トークができないのがどれほど寂しいことか、よくわかるのに……。
「年齢なんて関係ない」とは言うものの、それでも同じ時代を生きた仲間は大切。自分がもっと年をとった時、祖母の寂しさはさらに、我が身に沁みてくるのだと思います。
酒井 順子(さかい・じゅんこ)
エッセイスト。1966 年東京生まれ。大学卒業後、広告会社勤務を経てエッセイ執筆に専念。2003 年に刊行した『負け犬の遠吠え』がべストセラーとなり、講談社エッセイ賞、婦人公論文芸賞を受賞。近著に『うまれることば、しぬことば』(集英社)など。