見出し画像

メンタルやらかして休職していた時の精神的な移行の仕方



診断くだされる

最初の違和感は聴覚。
今まで気にならなかったor我慢出来ていた音がやたらと気になる。
というわけで耳鼻科に行くも結果は異状なし。
先生に近所の精神科を紹介される。
曰く、視聴覚に違和感を覚えて受診しに来るが実は原因は精神疾患だった、という患者が年数人いるとのこと。

電話して予約を入れると初診1ヵ月待ちと言われる。
正直ここで心折れそうになった。割と泣いた。
でも我が儘言ってられないので1ヵ月待機。
(これ、精神疾患患者の初診あるあるだと思う)

結果はパニック障害。
何度か通院するうち、不安障害(パニック障害)及び抑うつ状態とカルテに書かれるようになる(余談:現在の症状の重さは鬱病の症状>不安障害の症状となっているが初診の結果は不安障害メインだった)。

そうなのかーと思った。割とすぐに受け入れることが出来た。
専門家が言うのだからそうなのだろう。


仕事が出来なくなっていく

といっても最初から仕事を休むつもりはなかった。
何故なら普通に金がなかったから。

傷病手当金の制度は一応調べたが、単純に収入が2/3になる。
なけなしの貯金を崩しつつ必要以上の贅沢をしなければ何とかはなるが、既に一人暮らしだった身としては正味キツい。

診断をくだされてから3カ月程度は、たまに時間休を貰いつつ通院しながら仕事をしていたが、ある日「あ、これ私駄目だ」と悟る瞬間が来る。

致命的に集中力が無い。
運転中ですらぼんやりしたり前触れもなく泣きながら運転したりする。
相変わらず周囲のどうでもいい音(タイピング音、会話、咀嚼音、マウスのクリック音、呼吸音、自分の心臓の音等)が健康な時と比較して異常な程に気になる。
近くの会話が全部自分の悪口に聞こえてくる。そんな気がする、じゃなくて幻聴レベルでそう聞こえてくる。やばい怒られるなんとかしなきゃ、と考え始める。そんなわけないんだけど。

上司にもバレていたらしく、診断書持って行って休職の相談をしたらすんなりと受け入れていただけた。本当にありがたい。上司は良い人だった。

だからこそ人生のストレスの積み重ねがここに来て暴発したことが申し訳なかった。


休職開始直後

翌日「あー、仕事の準備……」と思いながら起きる。
直後、今日から休職だったと思い再び布団にくるまる。

仕事に行かず休んでも良いというだけで少し心に余裕が出る。
そっか、お弁当作らなくて良いし人と会話しなくて良いしなんなら一日中眠っていても良いのか。

引き続き通院と投薬治療を続けながら毎日が休日の日々を送る。


休職開始から数週間後

毎日が休日という実質ニート生活を開始して数週間。
初めは心が軽くなったが、段々と焦りが出始める。

たった数週間なので当たり前なのだが、休んだところですぐに病気が良くなるわけでもない。
だが焦る。
そのくせやる気もない。
音が怖くて電車に乗ることも出来ない。
人混みの音やにおいも気になって、イヤホンとマスク無しでは行動出来ない。

何かをしなければいけない気がする。
そう思って、元から趣味だった創作活動に更に打ち込むようになる。
社会との繋がりを絶ちたくなかった。


休職開始から更に経過

正直焦る。
焦りまくる。

毎日が休日というと良さげに聞こえるが、実際のメンタルとしてはもう、ずっとずっと駄目。

「自分は社会不適合者だ」
「死にたい」
「苦しい」
「社会復帰できなかったらどうしよう」
「消えたい」
「このままニートになるかもしれない」
「この世から消えた方がこの世のためなんじゃないか?」
「家族にも心配かけ続けている」
「誰の役にもたっていない」
「もう詰んでいる、駄目だ、こんなメンタルのまま休み続けてどうなるんだ」

宿題を全て抱えたまま迎えた夏休み最終日の夜の様なメンタルが毎日続く。

今の職場は辞めよう、と思った。
入りたくて入った会社のはずだし仕事内容も嫌いじゃなかった。
でも、戻るのは無理だと思った。


転職活動をする

私は寛解もしていないにも関わらず、転職活動を主治医に無断で勝手に始めた。
というか最初はそこまで気合を入れてやり始めたわけではなかった。
社会との繋がりが無くなることが怖くて、せめて転職活動をしている風を醸しだそうとして、転職者向けのイベントに行ったりした。

社会人らしいことが出来ていないことへの罪悪感から、転職エージェントやハローワークの広告を見ると死にたくなることがめちゃくちゃ増えて。
そんな状況から脱却したかった。
私は仕事をしようとしている、と自分に思わせたかった。

イベントに行っても正直気になる企業なんて調べてもいないので、適当に座って話を聞いて、就職活動の時に身に着けただけの普通の人なら殆ど誰でも持っているような面接の技術で無理やり乗り切った。

そこに出展していた転職エージェントのところにも話を聞きに行った。
理由は丁度席が空いていたから。ただそれだけ。

別に本気で挑んだイベントでもなくて、なんなら開始2日前に予約を入れたレベルで。
だから、そのままの流れでエージェントに登録して本格的に転職活動を開始することになるとは思わなかった。

そこからは早かった。

月頭に転職エージェントに登録して、月の半ばには転職先が決まっていた。
担当エージェントの腕が良かったという理由9割9分9厘で、ありがたいことに数社から内定を頂き、自分の治療に都合が良さそうな休日日数と曜日の会社を選んだ。

こんなことになるとは思っていなかった。
なんせ行動を起こしてから1か月も経っていない。
とりあえず今住んでいる場所からは離れたくて、東京の中でも住んだことのない場所への引っ越しを決めた。
この引っ越し費用諸々で私の貯金は本格的に尽きた。
あとパソコン壊れた。マジで貯金が無くなった。


引っ越す

職場に退職願いを提出し、最後の挨拶をした。
結構あっさりと見送ってくれた。

他にも何人かの知り合いに挨拶をして、私はその土地から離れた。

それ以来、私はずっと東京にいる。

やはり寛解前に無理やり転職したせいもあり最初の職場では無能も良いところで、直ぐに職場が変わったり色々とあったが、なんとか、辛うじて生きている。

今年に入って病気が悪化したりもして、休職中の時の様な「もう私の将来は駄目だ」「全部がどうでもいい」って気持ちに苛まれたりもする。

明日世界が滅亡して70億人と一緒に心中出来ないかなとか思ったりもする。
勝手に死にな~? なんですけど。

でも、あくまで私の場合は、という念押しをしておくけれど。
私は休職期間よりも今の方が、社会との繋がりがあるというただ一点だけで、超弩級の焦りからは開放されている。

他の焦りはある。

貯金ねえなとか。
その割に自堕落すぎて駄目人間だなとか。
自傷行為辞められてないなとか。
根性焼きぶり返したせいで煙草もついでに吸っちゃってるとか。
アルコール辞められないとか。
仕事休むくらい体調悪い日が続くと死にたくなるとか。
将来どうすんのとか。
このまま独りで生きていけるわけがないとか。
でも周りには迷惑かけたくないとか。

でも世界から切り離されたようなあの絶望感は無い。
一応職場の人とコミュニケーションをとりつつ生きてるから。

何が辛いのか、何が楽なのか、何がこうなった原因なのか。
投薬治療の方が効果あるのか、カウンセリングの方が効果あるのか。
認知行動療法やらなにやらがうまくいくのか。
全部全部人によるのかなと思っている。
これ定期的にnoteで発言している気がするから繰り返しになるけれど。

それは理解しつつも。
寛解した人って、どうやって寛解したんだろう。
寛解した人の特徴ってなんだろう。
と、調べてしまうことはある。
私にはまだ先が見えない。


追記:世界人口、80億だった。





この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?