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豊かな食とスローフードの原点に触れて・・・鈴木 将が体験&発見した18日間<後編>

この記事では、前編に引き続き、2017年にSUZU GROUPオーナーシェフ 鈴木 将が綴った『食文化留学』の体験記を再編集してお届けします。

見るだけで現地の雰囲気や香りが伝わってくるような写真を交えながら、現地での経験を振り返ります。これから長岡・新潟・・・日本で実現したいものまでを語っています。

2017年5月2日〜5月20日の18日間。イタリアとスペインを旅したオーナーシェフの鈴木 将。ラテンの風が駆け抜ける街で、料理を通じて食への情熱あふれる人々と出会い、飲食を共にしながら語り合い、感じたこととは? 

▼前編はこちら

美食の街サン・セバスチャンで料理交流

次に向かったのは、ビルバオから車で1時間のサン・セバスチャン。

伝統ある会員制の「美食倶楽部」で、料理好きなおじさんたちに出会いました。

もともとは男性しか入れないという社交場。いまもキッチンだけは女人禁制です。男は家では料理せず、こういう場所で酒を飲みながら料理する。実際に作っている人は数人なのですが、みんなでワイワイやっているのが楽しいんですね。エリアごとにそんな隠れ家的な倶楽部があるそうです。

ビルバオは20年かけて戦略的につくられて大成功した街でしたが、サン・セバスチャンは歴史的にサービス産業が発展していて。
豊かに食を楽しむ文化が、それぞれの暮らしの中にとけ込んでいる街だと感じました。

「厨房は女人禁制」の美食倶楽部で、陽気なセニョールたちと料理交流。

僕も、おじさんたちの飲みかけの赤ワイン+越後味噌のタレをイベリコ豚に絡めた料理を振る舞いました。
仕上げにあしらったネギの素揚げなど、「おお〜!こんな使い方が!?」とか言いながら、みなさん興味津々で見てくれました。
食べたおじさんが「お前は星付きレストランに行けるよ!」と言ってくれてうれしかった。半分酔っぱらいですけどね(笑)。

フードツアーにも参加しました。現地の人に案内してもらってのバル巡り。
5軒をはしごして、前菜、メイン、デザートまでをいただくツアーです。
その中にワインセミナーや料理教室も組み込まれ、施設もちゃんとしたものがあって。これは長岡でもやっていきたい取り組みのひとつです。

少し足を延ばし、ゲタリアという地域に。
「涙豆(なみだまめ)」という伝統野菜を守っている農家さんを訪ねました。

ミラノのコラボディナーはアクシデント続発!

スペインを後にしてイタリアのミラノへ。

新潟で出会ったニコラシェフとコミュニティスペース「BASE」で「串」をテーマにコラボディナーを提供しました。

以前、食の交流で新潟市に彼が来たのですが、干し柿や車麩、塩引き鮭など新潟の伝統食材を紹介して、一緒にディナーを作ったんです。
ミラノでも同じことをやってみよう、同じ食材を使って5品ずつ作ろうぜ! と。
カトラリーを使わない、手だけで食べられるコースを用意しました。

ところが・・・
食材が納期に間に合わなかったり、届いたけど違うものだったり。

鯛をカルパッチョ仕立てにしようと思っていたのに、まず鯛が届かない・・・。やっと届いた鯛はボロボロだったので、味噌漬けにして焼き魚に。
ペコロス(小玉ねぎ)を酢漬けにしようと思っていたのに、大きかったので天ぷらに変更し、鯛と一緒に串に刺して。

この日は月曜日。市場が休みの翌日であるため、月曜は残りものばかりで、現地では、週の中でいちばん悪い日と言われているそうです。
他にも、旬のレンズ豆を頼んだのに届いたものは缶詰だったり、オーブンがふさがっていたり。
それなのに急にゲストが20人増えて、二転三転どころではなく、本当に戦場のようでした。
ニコラはホームだからブレることもなくこなしていましたが、僕は「わー! ヤバイな・・・」と気持ちは焦りつつも、頭は努めて冷静に。

ミラノの「BASE」で、65人に「串」料理をプレゼン。
キッチンの僕はてんてこ舞いでしたが、ゲストはゆったりとコースを堪能。

そして作り上げた当日のメニューは以下のとおり。
結局、予定していたメニューから4品も変更しましたが、ニコラの料理より美味しいとお世辞を言ってもらえましたよ(笑)。

◎鯛の味噌焼きと浅葱のフリット
◎鶏レバーのバルサミコ風味の甘露煮と洋梨のグリル
◎鯛と野菜出汁とそら豆の炊き込みご飯 笹の葉に包んで
◎牛ハラミとホワイトアスパラガスの串焼き-ふきのとう味噌のザバイオーネ-
◎レンズ豆で作ったあんこといちごの天麩羅

ヴェネツィア、スローフードの原点へ。

ミラノを後にし、ヴェネツィアへ。
ヴェネツィアにはリノベーションをしているチームがいて、お城や牢獄、馬小屋をレストランやゲストハウスに転用したり、アーティストも加わって新しい試みをしたり、さまざまな取り組みが行われています。

バーゼでは細長い鉄道の倉庫をリノベしたり、市民プールを転用した例も。
観光の拠点になる事業に対して場所が無償提供されるなど、自由な発想を後押ししてくれる行政の支援もあるから、観光が強くなるんですよね。

スローフード発祥の地、ピエモンテ州のポッレンツォとバローロ、ブラにも行きました。スローフード哲学を教えるイタリア食科学大学のロビーでスローフード創始者、カルロ・ペトリーニさんにばったり遭遇。彼はこの大学の創立者でもあります。


ここにはワインバンクがありました。
昔からのワインを土と共に紹介し、テイスティングもできるようになっていて、スローフードホテルもある。
学食だって、もちろんスローフード。完全予約制で無駄を出さないことも徹底しています。

そしてこれから、日本で、長岡で取り組みたいこと

充実した18日間を経て、食への意識の高さをひしひしと感じ、それが街づくりにも繋がり、人生を豊かにしていると実感。

あちこちで作りながら、食べながら、体重も増えて帰国しました。最初はスペイン、イタリアのゆったりした気分が続いていましたが、だんだん日本時間(せかせかした日常)に戻っていきました。

スペインもイタリアも食べている時間が長く、とにかくみんな食べることそのものを楽しんでいます。
日本では「サクッと食えればいいや」で終わっちゃうこともあるし、それを否定はしないけれど、食の優先順位を高めていきたいと感じました。
食がいかに大事か、位置関係を変えていかないといけないなと思ったんです。

そんな店をつくり、そんな場を広げ、街づくりの意識をシェフたちにも伝えていきたい。
料理の技術ではなく、食の考え方を伝える「Chefs Caravan (シェフズキャラバン)」というプロジェクトを始めたのはそんな気持ちからです。

料理教室もそう。
変えていけるところは変えなくては。スペインとイタリアで感じた食への考え方を、日本にどうやって根付かせていけるか模索したいですね。

鈴木 将
2017年7月25日(初稿)


編集後記

前編後編と分けてお届けした鈴木の体験記、いかがでしたでしょうか?

言語も暮らしも異なる場所ですが、食文化の成り立ちや楽しみ方が似ていたり、知らない料理や調理法でも「おいしい」と感じられたり・・・食を通じてつながる思いがあることを改めて感じました。

2017年当時と比べても、ますます効率化が進む現代ですが、一方で「食」の大切さや「文化を慈しむ」ということの素晴らしさも見直されている気もします。

SUZU GROUPの目標の一つに「2030年までに新潟を美食の街にする」というものがあります。
美味しいものが集まっているだけでなく、本当の“美食”とは?ということを私なりにも考えてみようと思いました。

これえだ