〈あらすじ〉 麻薬取締部(通称マトリ)の特殊部隊として新設された特殊捜査課。その初代課長である京本麻実は、小学生のように愛らしい容姿とは裏腹に少林寺拳法の達人で、マトリ一の検挙率を誇るエリート捜査官。彼女の右腕で「マトリ一のイケメン」と呼ばれる副課長の池田大樹は凄惨な家庭に育ち、両親への反抗から不良グループのボスに。その後暴力事件を起こして少年院送りになるが、更生のために訪れた道場で京本に出会って恋に落ち、彼女のあとを追ってマトリに入職する。 公私ともに最良のパートナーである
第六話 危険なラムネ 「いらっしゃいませ、おひとりさまですか?」 店の受付で応対した黒服のボーイに、池田はMDMAジャンキーたちの源氏名を記したメモを見せながら、「この娘たち、全員呼べる?」と尋ねた。 黒服は手にしたタブレットの電源を入れ、「キャスト管理」のボタンをタップした。そして池田のメモを見ながら、それぞれの予約状況と突き合わせた。 「う~ん、そうですねぇ……ほとんどの娘は8時から指名が入っていますので、30分だけなら、全員をおつけできるかと……」 「それでいいよ。
第五話 キャバクラ潜入捜査 開店時間の19時きっかりに、池田は新宿歌舞伎町一丁目の雑居ビルの地下2階にある、この界隈では中堅規模のキャバクラ「ロマネスク」に到着した。 この店に在籍する女子大生キャバ嬢たちの間で、合成麻薬MDMA(通称エクスタシー)が流行している――との予測は、「マトリ一のIT通」と呼ばれる柳原喜樹がネットで収集した膨大な情報をもとに、上司である京本に提供したものだ。そしてこれまでのところ、柳原の予測が外れたことは一度もない。 柳原は工藤姉弟と同期の26
第四話 仕事と恋のはざまで その後は何事もなく、特殊捜査課の全員が定刻の18時まで通常業務に専念した。 一般的に麻薬取締部というと、拳銃を手にした屈強な職員が麻薬密売取引の現場に乗り込んで派手に乱闘するというイメージがある。 だが、現実のマトリの職員は、その多くがマッチョな体育会系ではなくガチガチの理系で、勤務時間の大半はパソコンや資料と睨めっこしながらのデスクワークである。 違法薬物を扱う関係で、マトリの職員は薬学部出身者が大部分を占める。少林寺拳法の世界王者、京本麻実
第三話 公然の秘恋 近年、日本における女性の社会進出が進んだ影響で、国家公務員全体に占める女性の割合は約4割、厚生労働省でも33%まで上昇している。 だが、厚生労働省管轄の麻薬取締部(マトリ)では、その割合は2割にとどまる。 「マトリの遊軍」として3年前に設置された特殊捜査課も、20代女性である京本をトップに抜擢したことで一時的に世間の注目を浴びたが、構成員21名のうち、女性はたった4名という「男社会」だ。 女性職員の内訳は、課長の京本、双子の片割れで入職3年目の工藤来夢、
第二話 鳥に憧れたフジツボ 焦げつくような真夏の市民球場に、一陣の涼風が吹き抜けた。 ピッチャーマウンドに立つ茶髪ピアスの青年は、麻薬取締部特殊捜査課に所属する工藤来人(26歳)だ。 来人は身長167センチと小柄な体格だが、自他ともに認める天才肌のアスリートだ。なかでも小学生で始めたヒップホップに天性の才能を示し、高校時代には双子の姉と出場した世界大会で優勝した経験をもつ。 来人の目線の先には、すらりとした長身の美女が立っていた。今年度の新人でただ一人の女子職員である織田愛
第四章 コスプレ・トラップ (一) 橘が指定した二月二十日の午後、東京駅近くのカフェで彼女と待ち合わせた。 到着は俺のほうが早かった。案内された窓際の席に座り、スマホでネットニュースを読みながら待った。 十分ほどたった頃、横顔に視線を感じて顔を上げると、淡いブルーのスーツを着た、三十歳前後の髪の長い女が、恍惚とした表情で立ち尽くしていた。 「やっぱり似てますか? 日下部湊に」 俺のほうから水を向けると、向かいの席に座った橘かえでは、恥ずかしそうにうなずいた。 「ええ。さや
〈あらすじ〉 中小電機メーカーの営業部に勤める白井佑真は顔立ちこそいいものの、三十路になっても出世とは無縁のお気楽平社員。そのため女子社員たちからは「ざんねんなイケメン」と揶揄されていた。 いっぽう、大手商社の経理部に勤める妻のさやかは、弱冠28歳で課長補佐に抜擢されたバリバリの才女だが、プライベートでは少女のように素直で愛らしく、佑真はそんな妻をこよなく愛していた。 結婚して3年目、さやかが同僚に勧められて読んだ少年漫画に登場する、佑真そっくりの美青年キャラ「日下部湊」に