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最近の若者についての考察

老害発想の新入社員?

非常に面白い記事でした。老害発想の新入社員。そういう考え方があるのですね。

どっちも老害

もし、その組織にいたら、看護部長に同調したでしょうし、おそらく読む人の大半は看護部長が正しいと思うのではないでしょうか。

色々、教えてくださる機会や学びの機会を与えてくださる訳で、新入社員にとってはチャンスな訳です。

大多数派の意見に敢えて反対意見と課題を提示してみましょう。

課題1.「あなたは急に料理人になります。今日から、毎日2時間キャベツの千切りを続けてください。あと、毎日まかないを考えてください」

技術の向上やチャンスのために考えることは必要ですよね。

でも、課題を見て思うはずです。「え? 何で?」「意味わからない」

実際やってみますか? やってみても辛いと思います。

理由は「望んでないから」「意図が分からないから」

そもそも何で料理人? キャベツの千切りが何の役に立つの? しかもまかない考えろて? 訳が分からないことを望んでもないのにやらされるって、苦行ではないでしょうか?

善意は重荷

しかし、与える側は「チャンスだから」「成長して欲しいから」と課題を与えています。

今回の課題の意図は「相手の意図や役に立つかどうかわからない課題をいきなり考えさせられてどう思うかを考えてもらい、自分たちが善意を思って与えたものが、どういう思いで受けとられているかを知る」ことでした。

与える側は善意。受け取る側は重荷。しかし、これを理解しようとするでしょうか?

「せっかくのチャンスを! 重荷と感じるなんて! 最近の若い人は!」と大半は考えるでしょう。これ以上の考えを持たない人。それが話を聞かない人。老害なのです。今回看護部長はそこで止まっています。

善意が重荷と理解せず、新入社員の訴えも聞かず、改善の努力をせず、愚痴をこぼす。

対して新入社員は一定の理解をしています。上からの課題を行っていますが、業務で手一杯で難しいことを訴えています。業務に必要な学習には残業代をつけて欲しいと訴えています。改めて欲しい点も訴えていました。

新入社員の言葉からは、研修の意図を読み取れていないことも見られました。

看護部長は改善せず、老害発想の新入社員とレッテルを貼り、愚痴をこぼしました。

新入社員は果たして老害発想なのでしょうか。

最近の若者は正しい

わたしは最近の若者の発想は極めて正しいと思います。

法律や倫理に基づいて極めて論理的に、自分の立場を守っています。

そして極めて個人主義的でもあります。しかし、自分勝手ではありません。公私の別をはっきりと区別しているだけにすぎません。出来ることはできる、出来ないことは出来ないとはっきりと口に出しています。

この思考はプロフェッショナルな思考です。

思考面では極めて完成されたプロフェッショナルが今の若者なのです。

しかし、完成された思考とは裏腹に技術は伴っていない。そのギャップに先達達は苛立ち、苦言を呈するのでしょう。

反対に思考が未成熟なまま技術が成長したのがベテラン世代です。個人を守らずに邁進したからこその自信が彼らを支えているのです。

気を遣う、コミュニケーションと言う名の押し付け、忖度。それが、ベテラン世代の思考的成長を妨げて来たのではないでしょうか。

新人の成長のためには

若者世代は公私の別を分けています。仕事をきっちり与えればいいのです。

研修の意図を十二分に説明して、それが何の役に立つのか、どう成長して欲しいのか具体的に説明する。

業務時間で勉強や研修できるよう、シフトを組む。

無論、業務時間を超えたら、残業代を出す。

彼らの正しさに応えればいいのです。成長したくない訳ではないし、仕事をしたくない訳ではないのですから。

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