エスカレーター (1分小説)
「なぜ、シワが入ったスーツを着て来た?そんな格好で、謝罪には行かせられないよ。先方がどう思うか、よく考えてみろ」
「でも課長。もう新しいスーツを買ったり、アイロンを掛ける暇はありません」
そう言うと、岡部は、私と一緒に乗っていた下りのエスカレーターを、先に駆け降りて行ってしまった。
なんなんだ、あいつは。
しばらくして、エスカレーターが急停止した。
「キャー!」
みんな、前につんのめり、手すりにしがみついている。
誰かが、停止ボタンでも押したのだろうか。
ビービーと警戒音が鳴っている。
しょうがなく私は、一段一段、階段のように降りていった。
一番下までたどり着いた時、エスカレーターが止まった理由が分かった。
岡部の片方の靴が、降り口に挟まっていたのだ。
いそいでやってきた警備員が、力任せに靴を引っこ抜くと、エスカレーターは、また正常に動き出した。
「キャー!」
今度は、上の方から悲鳴が聞こえてきた。
全身、エスカレーターにプレスされて、ペラペラになった岡部が降りてきた。
「シワ、取りましたよ。課長」