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マージナルマン・ブルーズ #13(最終回)
ヒートーがおまわりさんから取り返してくれたライターは、2つともそのまま大切にとってあって、40年経ったいまも持っている。
ドナルドダックの柄のも、スヌーピーの柄のも、裏に「VIET NAM」と彫られてある。そしてその下に彫られてあるそれぞれの言葉がどういう意味で、誰の言葉をまねたものかはずっと後になって知った。
「中心」は必ず「周縁」を生み出す。ロラン・バルトは「日本の中心は、空虚である」と言った。しかし空虚だからこそ東洋的な神聖性が付与されているのだ。「中心」は「周縁」を生み出し、その「周縁」にもまた「周縁」があり、その「周縁」もさらに「周縁」を生む。無限に相対化され差延された「中心」のさいはてに、この島はある。「中心」には「周縁」など見えないし、そもそも見る気もない。どうでもいい存在だ。けれど「周縁」は、それが友好的であれ敵対的であれ、「中心」を強烈に志向する。
オキナワというマージナル(周縁)な島の、ナンミンというマージナル(周縁)の地で、黒人であめりかーのザビエルと、不良のヒートーと、ナイチャーの僕が、ほんの数週間、なんとなく交わったことに何の意味があったのかはわからない。
ただ、沖縄のことがニュースで語られるたびに、あの夏を思い出す。僕自身が複雑な思いに駆られるのではない。オキナワの複雑な思いを、ヤマトゥー並みに単純な思いでもなければ、ウチナー並みに複雑な思いでもない僕が、あの夏のことと一緒に、少しだけ苦い思いで反芻するのだ。強烈な連帯感と疎外感の両方を、どうにも飲み下すことのできないひっかかりとしてのどの奥の方に感じながら、繰り返し反芻するのだ。
ザビエルが僕にくれたライターにはこう彫られてある。
TO LOVE EACH OTHER IS NOT TO LOOK AT EACH OTHER,
BUT TO LOOK TOGETHER AT THE SAME AIM.
──愛しあうということは、互いに見つめあうことではない。同じ敵に狙いを定めるということだ。
その言葉が、サン・テグジュペリの『人間の土地』の一節をまねたものだと知ったのはずっと後になってからだ。
Love does not consist in gazing at each other,
but in looking together in the same direction.
──愛しあうということは、互いに見つめあうことではない。同じ方向を見ることだ。
不時着した砂漠の美しい夜に、戦闘機乗りの彼は愛の本質を見出した。空を飛んでいても、辺境の地に墜ちても、飛行士は圧倒的に孤独で、けれど自由だ。ひとりきりで「世界」を感じ、「世界」と対話する。
黒人と不良とナイチャーというマージナル(はずれ者)の僕らは、あの夏、「オキナワ」「ニッポン」「ベーグン」という同じ敵を、ほんの少しでもAIMできたのだろうか。もしほんの刹那でもできたのであれば、僕らはたぶん強い絆で結ばれた「戦友」なのかもしれない。
ヒートーとの、誰にも内緒の秘密を破ってこうして話したのは、ヒートーが死んだという知らせを聞いたからだ。去年の夏だった。ヒデオからの久しぶりの電話で知らされた。久茂地(くもじ)川に浮かんでいたそうだ。
那覇市の中心を流れるその小さな川は、ドブ川だ。そこだけ真っ黒なラインを引いたみたいに、誰も寄りつかない。夏場でなくても悪臭が漂うので川沿いを歩くときにはみんな顔を背ける。みんな息を殺して足早に通り過ぎる。
ヒートーらしい最期だと思った。
なぜヒートーが死んだのか知らない。いまもザビエルが生きているのか知らない。それでもこの嘆きの島が、ぞっとするほど文学的で美しいパラダイスなのだということだけは、よく知っている。そうして、文学的であるかぎりにおいていっさいは救済されうると、僕は信じている。
ヒートーがザビエルからもらったライターには、こんな言葉が彫られてある。
IN ONE OF STARS I SHALL BE LIVING.
IN ONE OF THEM I SHALL BE LAUGHING.
AND SO IT WILL BE AS IF ALL THE STARS WILL BE LAUGHING.
WHEN YOU LOOK AT THE SKY AT NIGHT.
──ぼくは、あの星のなかの一つに住むんだ。
その一つの星のなかで笑うんだ。
だから、きみが夜、空をながめたら、
星がみんな笑っているように見えるだろう。
(サン・テグジュペリ『星の王子さま』内藤濯訳)
ヒートー、
僕には星が笑っているように見えるよ。
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