隣の芝はただの芝
あの人、いっつもキラキラしてるなあ・・・。
あの人、いっつも楽しそうだなあ・・・。
あの人のnote、いっつも面白いなあ・・・。
そう思うことって、あると思う。
私と同じように、他の人と自分を比べて、
他の人をうらやましく思うことが、あると思う。
それはきっと自然なことだ。
「隣の芝生は青い」という言葉があるように、
他の人のことは、いつもよく見えるものだ。
ただ、ここで考え方を変えてみよう。
隣の芝生は、ただの芝生。
言い換えれば、
あなたの芝生も、隣の芝生と同じように青い。
そう考えられないだろうか?
❤️❤️❤️❤️❤️
私は大学生の頃、アルバイトをしていた。
大学生あるあるかもしれないが、自分のバイトに満足していなかった。
もちろん、そのバイトは好きだったし、楽しかった。
だが、「もっといい」バイトがないか、と心のどこかで探していたのだ。
すると、友達のバイト先が、とても魅力的に見えてくる。
お給料は良いし、シフトの融通もきく。
さらに、人間関係もバッチリ。
まさに「隣の芝生は青」く見えたのだ。
そこで、隣の家に行ってみることにした。
その芝生は、青くなかった。
自分の家から見た「隣の」芝生は青く見えたのに。
隣の家に行って、間近でその芝生をみると、ちっとも青くないのだ。
友達のバイト先でバイトを始めてみると、
また、色々な不満が出てきた。
当たり前だが、カンペキなバイト先なんて存在しないのだ。
完璧な絶望が存在しないように、ね。
❤️❤️❤️❤️❤️
そのとき、私は2つのことを考えた。
1つは、隣の芝生は、自分の家の芝生と同じく青くない、ということ。
2つは、自分の芝生は、隣の芝生と同じく青い、ということ。
1つ目は、すぐにわかった。
遠くから眺めると、何事でもキレイに見える。
ただ、近づくと、色々とアラが見えてくる。
だから、隣の芝生は、実はそんなに青くない、ということだ。
2つ目は、ちょっとした発想の転換だった。
自分の家から眺めると、隣の芝生は青く見える。
ということは、
隣の家から眺めると、自分の芝生もまた、青く見えるのではないか?
そう考えたわけだ。
つまり、
「隣の芝生は、自分の芝生と同じくらい、青くない」
とも言えるし、
「自分の芝生は、隣の芝生と同じくらい、青い」
とも言えるのだ。
要は、ポジティブに考えるか、ネガティブに考えるか、だ。
私は、自分の家の芝生も、意外と青いんだな〜
と、少し気がラクになった。
どこか安心した自分がいたのだ。
❤️❤️❤️❤️❤️
隣の芝生は青く見える。
それは仕方のないことだ。
でも、そこでポジティブに考えて、
自分の芝生にも自信を持とう。
隣の芝生と同じくらい、
自分の芝生も青いのだから。
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