ひそやかに... ケン・リュウのブーム
Ken Liu
もしかしたら、ひそかにアメリカのSF作家ケン・リュウのブームが起きてるんだろうかと、ちょっと感じてしまったので、今回は、ケン・リュウについて "note" していこうと思います。
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SFファンの方なら、何を今更って感じなのかもしれませんが、先日、ケン・リュウの短編を原作として、「Arc」という石川慶監督の映画が公開されましたよね。
短編をよく1本の映画にしたな~と思うんですが、この話を聞いて思い出したのが、2019年に公開された是枝裕和監督の「真実」なんです。
是枝監督が「万引き家族」の後、日仏合作で制作したカトリーヌ・ドヌーヴ主演の映画です。
実はこの映画では、カトリーヌ・ドヌーヴは主人公の女優役を演じています。それで、物語の中でも、劇中劇として映画を撮ってたりするのですが、その劇中劇が、ケン・リュウの短編「母の記憶に」だったりするんです。
観たときは、おお~って感じで、是枝監督は、絶妙な話をチョイスするな~って思ったんですよね。
是枝監督にしろ、石川監督にしろ、日本の第一線で活躍している映画監督が相次いでケン・リュウの原作を使うってとこに、ちょっと、"ケン・リュウ来てるのかも!"と思ってしまったんですよね。
近年、自分には海外SF作家の中で、短編集を楽しみにしている作家が3人いて、一人目がグレッグ・イーガン、二人目がテッド・チャン、そして三人目がケン・リュウなんです。
2010年代から活躍しているケン・リュウは、テッド・チャンと同じく中国系アメリカ人の作家さんで、これまで、『蒲公英(ダンデライオン)王朝記』というファンタジー系の長編作品と、多数のSF短編を発表しています。
この短編の方を、日本オリジナルで編纂した短編集が4作リリースされています。
ケン・リュウのたくさんある短編の中から選りすぐった作品集です。
最初の『紙の動物園』の高評価により、第2弾、第3弾と編まれていっているので、少しずつ充実度が下がってるのは否めないのですが、後の短編集でも、こんないい短編が残ってるのかと思うほど、ケン・リュウの短編は総じてクオリティが高いです。
読む人の心を揺らすケン・リュウの物語
ケン・リュウの短編は、グレッグ・イーガンほどハードかつ難解でなく、テッド・チャンほど哲学的でもないんで、SFとしては薄味なのかもしれませんが、とても読みやすいです。
また、通常、SFってドライな感じがするものなんですが、ケン・リュウの作品は適度にウェット(情感的)な感じがあるんですよね~。
今回、「Arc」を映像化した石川慶監督も、ケン・リュウについて"今までのような男性的な感じが少ないというか、ちょっとやわらかい、人間にフォーカスした作品を書く人"と評しているので、そういうウェットな感じが響いたのかなと思うんです。
SFのセンス・オブ・ワンダーと情感的な部分が同居してるからこそ、ケン・リュウの物語は、人の心を揺らす(揺さぶるとまでは言わない)し、その揺らされ具合が心地いいんだと思うんですよね。
こういうのって、日本人の感覚と融和性が高いような気がします。
そういう意味で、普段、SFを読まない人でも、ケン・リュウの作品はお薦めなのです。
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今回、「Arc」の映画化に合わせて、邦訳のオリジナル短編集1~3から、さらに選りすぐりの短編を集めて、ベスト盤みたいな短編集がリリースされています。
『Arc ベスト・オブ・ケン・リュウ』
長短はありますが、いずれも傑作揃い短編が収められています。
『紙の動物園』から5編、『母の記憶に』から3編、『生まれ変わり』から1編が選ばれています。
(収録作品の概要)
1.「Arc アーク」:『紙の動物園』収録(「円弧(アーク)」を改題)
今回、映画化された短編ですが、プラスティネーションという実際の技術を進化させていった先の物語なんです。
映画の方の予告編では、ボディ=ワークス表現がいい感じで出てきますが、近未来感は薄い感じなので、死や老いにフォーカスした内容になってるのかもしれませんね。
2.「紙の動物園」:『紙の動物園』収録
ケン・リュウの名前を一躍有名にした代表作です。
読んでいても、あまりSFを感じさせない物語なのです。
3.「母の記憶に」:『母の記憶に』収録
是枝監督の「真実」での劇中劇として使われた物語です。
なるほど、この母と娘の物語を、あえて劇中劇とするところが、是枝監督のすごいとこだと思うのです。
4.「もののあはれ」:『紙の動物園』収録
5.「存在(プレゼンス)」 :『母の記憶に』収録
6.「結縄」:『紙の動物園』収録
7.「ランニング・シューズ」:『生まれ変わり』収録
8.草を結びて環を銜えん :『母の記憶に』収録
9.良い狩りを :『紙の動物園』収録
この短編集の中では、「Arc アーク」をはじめ、「紙の動物園」「母の記憶に」「存在(プレゼンス)」などでは、家族がテーマとなっていて、ケン・リュウの情感・叙情性を感じることができると思います。
また、この短編集には、中華風味、またはアジア風味の作品も収録されています。
ケン・リュウ自身はアメリカ人なんで、描かれる物語は、基本、「洋風」なんですが、「中華風」「アジア風」の作品も多いんですよね。
たとえば、「紙の動物園」では中国の折り紙が重要なアイテムとなっていたり、「草を結びて環を銜えん」では、1645年の明代の中国が舞台だったり、「良い狩りを」は中国の妖怪が出てくるSF怪奇譚になっています。
さらに「もののあはれ」では日本人が、「ランニング・シューズ」ではベトナムの少女が主人公となってたりするんですよね。
こういう中華・アジアテイストは、ケン・リュウ作品の大きな特色でもあるのですが、その部分がクセになってる人も多いのです。
ケン・リュウは中華SFを英語圏へ紹介する翻訳者の顔も持っていて、日本でも話題となった『三体』の翻訳や、現代中国SFアンソロジー『折りたたみ北京』を編纂・翻訳するなど、自身の著作だけでなく、いろんなとこで名前を見かけます。
現代SFのトップランナーの一人と言われてますが、あんまりSFっぽくない話も多いので、面白い作品を書く作家として、ケン・リュウの名前を憶えておいて損はないと思うのです。
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ケン・リュウの短編集『紙の動物園』『母の記憶に』『生まれ変わり』は、既に文庫化されていますが、その際、2分冊となっています。
タイトルなど紛らわしいですが、以下に収録作品を示しておきますので、参考にしてください。(後ろに※印のある短編が、「ベスト・オブ・ケン・リュウ」に収録されているものです。)
(ハヤカワ文庫SF)
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