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病と戦のあいだには−−カミュ『ペスト』論考−−〈22〉

 リウーとの交渉が決裂してからも、ランベールはいくつかの「正規の」ルートを通じてオランからの脱出を画策したが、しかしそれらの策動は、何一つとして功を奏することはなかった。彼は方々の部局の窓口に出向き、自分はこの地とは無関係であり、とにかく一刻も早くここを出て行きたいのだという切実な思いを、自身の置かれた理不尽な状況を口酸っぱく説明することと併せて各担当者に向かって訴えたのだが、しかしどこに行ってもすげなく門前払いを食わされてしまうだけなのだった。
 そんなことが繰り返される日々の不毛さに、堪らずぐったりするような徒労感を覚えたランベールは、次第に何もかもへの意欲を失くしてしまい、街中のカフェに一人佇んで遠く離れた恋人の追憶に耽りながら、ただぼんやりと多くの時を過ごすようになっていた。
 そんな彼の姿を、リウーも通りすがりに目撃していた。
「…リウーはちょうどある夕方、ランベールがとあるカフェの入口で、はいろうとしてためらっているのを見かけた。やがて決心したらしく、店の奥へ行って腰を下ろした。(…中略…)人気のなくなった店内のまんなかで、ランベールはとり残された亡霊のように見え、つまり彼の放心の時刻なのだなとリウーは思った。…」(※1)
 「自分はこの町には無縁の余所者」と自認するランベールではあったが、しかし、所在なく無為の日々を浪費するその様子は、他のオラン市民と何ら変わらぬものだった。

 結局ランベールは、正規ルートでのオラン脱出を断念することになった。そんなとき、リウーのところで偶然出会ったコタールから、彼の手引によって裏ルートを使い町を脱出する手段があると持ちかけられることになる。
 その誘いに乗ったランベールはコタールから、彼とつき合いのある密輸仲間を引き合わせられた。そしてその男からランベールは、彼の手引きする裏の脱出ルートについて概要の説明を受け、改めて明後日の朝に再び顔合わせすることを約束した。
 行けば何か進展があるものと期待するランベールだったが、しかし待ち合わせに相手の男は遅れてきた挙げ句、明くる日にまた諸々の手筈をつけるつもりだと告げて寄こすのみにその日の話はとどまった。ランベールはすっかり肩すかしを食らった思いを抱き、気落ちした重い足取りでそのまま家路を辿るより他はなかった。
 その翌日、ランベールが改めて待ち合わせの場所に向かうと、例の男は二人の若者と連れ立って現れた。聞けば彼らは、ランベールを門から逃がす工作を請け負うことになっている、臨時警備員の兄弟だとのことであった。そしてランベールは明後日の夜、いよいよ作戦決行に向けて落ち合おうという約束を、ようやくこのときに来て何とか、彼らとの間で交わすに至ることができたのだった。

 当日、ランベールは約束の場所に出向き、そこへ男たちが現れるのを待ち続けた。しかし彼らは、いつまで経ってもその姿を見せなかった。ここまで散々たらい回しにされてきた上に、結局ランベールは期待していたような何の成果の、そのカケラさえも得られなかった。それは、「正規の」ルートで脱出を画策していた時分とまるで何も変わらなかったし、そこから何一つ前に進んでもいなかった。
 そしてそのときランベールはふと、自分はパリに残してきた恋人の元へ戻るため、ここまでこれほど粉骨奔走してきたはずだったのに、実際この数日は、肝心のその女のこと自体について、ほとんど何も思いを巡らせるようなことがなかったということに気づくのだった。

〈つづく〉

◎引用・参照
※1 カミュ「ペスト」宮崎嶺雄訳

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