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「本日は、お日柄もよく」 原田マハ
「言葉は、ときとして、世の中を変える力を持つ。」
「本日は、お日柄もよく」 原田マハ
二宮こと葉は、幼なじみの厚志君の結婚式で、今にも眠りそうになっていました。
その原因は、お祝いのスピーチ。
長い上につまらない。
それに加えて自分のスピーチに酔っている。
こと葉はあまりの眠たさに、目の前のテーブルのスープ皿に真正面からダイブしてしまったのです。
こと葉は、恥ずかしいのとみっともないのとで、慌てて披露宴会場から出ます。そして、トイレの洗面台で顔を洗いました。
ロビーに戻ると、あきらかにこと葉に向けられた笑い声が聞こえてきます。
声の方に向くと、そこには女性が座っていました。
こと葉は、彼女に詰め寄ります。
すると
その女性は、意外な言葉を発します。
「私あなたに感謝すべきだな」
彼女はこと葉に、笑顔でそう言ったのです。
「あなたがあれやってくれたおかげで、私もどうにか抜け出せたよ。あの退屈極まりないスピーチから」
こと葉は、彼女に興味がわきました。
こと葉は披露宴会場に戻って、彼女の座っている席と座席表を突き合わせ、確認します。
そこには
久遠久美(くおんくみ) 新郎知人
と書いてありました。
会社の名前も肩書も書かれていません。
厚志君はコピーライターなので、その関係者かもしれません。
しばらくして、キャンドルサービスがはじまりました。
こと葉は昔、厚志君のことが好きでした。こうしてふたりを眺めていると涙が浮かんできました。うれしさとくやしさが入り混じり、感情がシャンパンの泡のように弾け、涙になっていきます。
すると
「ここで祝辞を頂戴します」
司会者の声が響きました。
「新郎の知人で、新郎が大変尊敬される
『言葉のプロフェッショナル』、久遠久美さまです。」
あのひとだ。
会場は波が引くように静まります。
しかし、彼女はまだ話さない。
そうして、もう一呼吸おいたあと、ゆっくりと彼女は話し出すのでした。
「あれは、二ヵ月ほどまえのことだったでしょうか。
ある夜、厚志君が『相談がある』と言って、私に電話をしてきました」
こと葉はすごい始まり方に、思わず身を乗り出して聞き入ります。
彼女は、話を盛り上げ、笑いを誘い、納得させ、拍手まで起こさせます。
「新郎のご両親は、残念ながら、一昨年、昨年と、この日を待たずに他界されました。
私はご縁あって、新郎の父上、衆議院議員、今川篤郎先生と懇意にさせていただいておりました」
厚志君のお父さんは政治家でした。その今川先生のスピーチライターが久遠久美だったのです。
スピーチの最後、新婦の頬には一筋の涙が……
このスピーチだけで、言葉というものが、人の思いや行動、考え方を180度変えてしまう、はかり知れないパワーがあるのだと感じさせられました。
「お父さまも愛されたフランスの作家、ジョルジュ・サンドは言いました。あのショパンを生涯、苦しみながらも愛し続けた彼女の言葉です。
『愛せよ。人生において、よきものはそれだけである』
本日は、お日柄もよく、心温かな人々に見守られ、ふたつの人生をひとつに重ねて、いまからふたりで歩んでいってください。たったひとつの、よきもののために」
おめでとう。
本当にあたたかいスピーチでした。
言葉が、これほどまでに人の感情をふるわせるものだとは。
こと葉はこのあと、人生を変えられてしまいます。
出会ってしまったのです。
「言葉のプロフェッショナル」、スピーチライター、久遠久美に。
◇
僕は「本日は、お日柄もよく」の文庫が出てすぐにこの本を買って読んだのですが、そのときは「スピーチライター」という仕事のことを知りませんでした。
今では、「あのスピーチのスピーチライターは誰なのか?」という話もよく聞くようになりましたが、その頃は、とても新鮮な響きでした。
こと葉は「言葉の力」「言葉の魔力」に魅せられ、久遠久美の言葉の世界に入っていきます。
そして
厚志君が亡き父、「今川篤郎」の遺志を継ぎ神奈川の選挙区から出ます! そのスピーチライターには、久遠久美の弟子となった二宮こと葉が!
しかし
同じ選挙区の与党議員のスピーチライターには、超売れっ子コピーライター和田日間足(ワダカマタリ)が立ちはだかります。
ワダカマ(通称)は、厚志君の広告代理店の最大のライバルでありました。
こと葉は熾烈な選挙戦の中、最大のピンチを迎えます。
「どうしよう久美さん。私、どうしたら・・・・・・」
久遠久美はこう言いました。
『困難に向かい合ったとき、
もうだめだ、と思ったとき、
想像してみるといい。
三時間後の君、涙がとまっている。
二十四時間後の君、涙は乾いている。
二日後の君、顔を上げている。
三日後の君、歩き出している』
生きているといろんなことがあります。
しかし
あなたのそばに力強い言葉があれば!
2日間は塞ぎこんでもいい。
でも、3日後には確実に歩き出している自分がいるはずです。
言葉は、ときとして、世の中を変える力を持つ。
「言葉の力」を最大限に感じる原田マハさんの紡ぎ出す言葉。
感動的な力強い言葉に、読書中ずっと背中を押されていました。
【出典】
「本日は、お日柄もよく」 原田マハ 徳間書店