猪飼周平

猪飼周平と申します。日頃一橋大学というところで、福祉政策・文化政策について研究しています。2024年8月より「最後の福祉国家 」という連載を始めることにいたしました。ご興味のある方には、お付き合いいただければ幸いです。

猪飼周平

猪飼周平と申します。日頃一橋大学というところで、福祉政策・文化政策について研究しています。2024年8月より「最後の福祉国家 」という連載を始めることにいたしました。ご興味のある方には、お付き合いいただければ幸いです。

マガジン

  • 最後の福祉国家

    猪飼周平と申します。一橋大学というところで、福祉政策・文化政策について研究しています。「最後の福祉国家」では、今日の福祉国家にみられるもっとも重大な「欠陥」とそれへの有効な対応としての「生活モデル」について、講義風に語ってゆきます。興味のある方は、ご一読いただければ幸いです。

最近の記事

最後の福祉国家 第1章6

■前回までのあらすじ 少し投稿が開きました。ちょっと整理しておかなければならないことに気づいて、お話しする手順を組み替えておりました。投稿を楽しみにしていた少数のみなさん、おまたせ致しました。 とはいえ、みなさん投稿間隔が開いてしまって、内容をお忘れだと思いますので、以下すこし前回までのあらすじをお話ししておきましょう。まず最初に私たちが考えなければならないのは幸福でした。幸福というのは、最もよい人生の状態のことですので、そんなものがあれば、すべての人にとって幸福は生きる目

    • 最後の福祉国家 第1章5

      ■ニーズについて 「ニーズ」は、おそらく支援の現場ではもっともよく使われる言葉だと思います。当事者のニーズをみつけることで支援がスタートし、ニーズを充足するように支援が行われる。つまり、支援の現場ではニーズこそが、支援にとって最も重要な概念なのです。一方で、ニーズという概念は、大変あやふやな使われ方をするのが通常でもあります。ためしに、ニーズを日常的に使用している人に、ニーズとは何かと質問してみましょう。もしくはもう少し、話を限定して、ある特定の個人のニーズを説明している人

      • 最後の福祉国家 第1章4

        ■福祉国家の現世主義 先回は、幸福という概念を実用主義的な観点から利用するという方法について説明しました。まとめていえば、実用主義的幸福指標は、適切な使い方をすれば役に立つけれども、パーソナルサポートの指針には使えないということでしたね。 今回は、幸福概念に対するもう一つのアプローチを考えてみます。それは、幸福の必要条件から外堀を埋めるようにして幸福に近づいてゆこうという考え方で、いいかえれば、幸福の必要条件を積み上げてゆこうという考え方です。必要条件としてこれまで提案さ

        • 最後の福祉国家 第1章3

          ■実用主義的幸福 近年経済学では幸福(well-being)に関して多くの人が議論するようになりました。従来経済学で目標とされてきたのは「富」であり、それをフロー(期間を区切って評価しないと意味をなさない概念)として表現したものが「所得」であり、これを一国経済で足し上げて多少調整するとGDP(国内総生産)である、ということになります(「効用」についてはいずれ議論しましょう)。これが大きくなれば、平均的に人びとの経済生活は豊かになりますから、従来の経済学はこれを最大化すること

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        • 最後の福祉国家
          9本

        記事

          最後の福祉国家 第1章2

          先回述べたように、どうやら福祉国家が張ってきたセーフティネットには、困難に直面する人びとを容易に漏らしてしまうという欠点があるということが見えてきました。この欠点がどのくらい深刻なものかについては後で考えるとして、これからしばらくは、そもそもセーフティネットになぜ穴があいてしまうのかを、できるだけ丁寧に考えてゆくことにします。そこでまず検討しなければならないのは、個人の幸福の問題です。 ■幸せとは この連載の読者のみなさんは、幸せになりたいですか。この「幸せ」という言葉が

          最後の福祉国家 第1章2

          最後の福祉国家 第1章1

          ■導入 福祉国家に何がおきているのか 現在福祉国家に起きていることとは何でしょうか。このことを考えるために、ここでは事例として自殺対策を考えてみましょう。2020年代前半日本における年間の自殺者数は2万人強で、自殺率(人口10万人あたりの自殺者数)で国際比較をすると日本はいつも上位にあるという意味では、相対的に自殺のリスクの高い国です。さらに、1998年から2010年までは年間自殺者数が3万人を超え続ける事態となっていました。 自殺には様々に誤解されてきた経緯もあります。

          最後の福祉国家 第1章1

          最後の福祉国家 序章3

          ■セーフティネット 冒頭から、20-21世紀転換期ごろから、広義の意味における個人の幸福を目標とする社会に移行する傾向が見られるということを述べているわけですが、この動向を捉える枠組みについて、これからの議論のために少し用語解説を兼ねてしておきたいと思います。早く本論に入りたいところですが、まあ省けない話ではありますので、もう少しだけお付き合いいただければ幸いです。 「セーフティネット」という言葉があります。「セーフティネット(safety net)」は、一般には、サーカ

          最後の福祉国家 序章3

          最後の福祉国家 序章2

          ■『病院の世紀の理論』と地域包括ケア政策 もう10年以上前のことになりますが、2010年に私は『病院の世紀の理論』という本を上梓しました。これは純然たる研究書でしたので、学術的に細かいことがあれこれと書いてあるのですが、医療・福祉関係の人びとの耳目を引いた部分があったとすれば、20-21世紀転換期が、医療にとっては「医学モデル」から「生活モデル」への転換期にあたる、という私の理解だったと思います。それは、患者を医学的な意味で治癒することを究極的な目的として編成された医療シス

          最後の福祉国家 序章2

          最後の福祉国家 序章1

          ■はじめに これから、私が「生活モデル」と呼んでいる支援モデルについて説明してゆこうと思います。おそらく数ヶ月にわたることになるかと思いますが、お暇な方はお付き合いいただければ幸いです。 ここ数年、私の研究者としての歩みは、言ってみれば「やるやる詐欺」みたいなもので、私の考えを本にすると宣言しては、手が止まるということを繰り返してきました。その過程で、多くの方にご迷惑をおかけしたり、失望させたりしてきたように思います。その罪滅ぼしとして、私自身のもう一つ意味のある仕事をし

          最後の福祉国家 序章1