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とっておきの京都手帖14


< 京に身近な寛永文化 >


『とっておきの京都手帖13』で、「後水尾ごみずのお天皇と寛永文化」について紹介したが、後水尾ごみずのお天皇によって光が当てられた文化の中に華道もある。


平安時代以降、宮廷では七夕の日に様々な行事が催され、その一つとして花が立てられていた。
江戸時代初期、後水尾ごみずのお天皇がたびたび宮中で大立花りっか会を開催し、当時の池坊家元三十二世 池坊専好(二代)が召され、立花りっかの指導をしたという。
この頃から、「花といえば池坊」という考えが、世の中に広がっていく。
当時の様子がわかる資料を探していると、なんとYouTube華道家元池坊の公式チャンネルに辿り着いた。
紫宸殿ししんでん七夕立花御会席割指図」がYouTubeでもお手軽に見せていただけるのだ。なんという時代だ。
その図は、寛永6年(1629年) 七夕7月7日に、後水尾ごみずのお天皇が主催し、京都御所で盛大に開かれた立花りっか会の配置図。
7月7日にちなみ、7×7=49瓶が並んだという。


その後、後水尾ごみずのお天皇から特別に許しを得て、池坊で七夕立花りっか会を催すことになった。六角堂の寺の建物は、京都御所から拝領したものだったという。
そして、江戸時代、京洛の有名な年中行事になった。各地から門弟が集まって技を競い合ったそうだ。
池坊では最大最古の花展として、現代もその伝統を受け継いでいる。



「旧七夕会たなばたえ池坊全国華道展」


この、旧暦七夕に行われた立花りっか会は、新暦が用いられるようになった明治時代以降、「旧七夕会たなばたえ」と称するようになった。
明治7年(1874年)6月の「七夕会たなばたえ日程変更通知」には、後水尾ごみずのお天皇の御祭日(崩御日、御命日)である9月11日に変更されると記載されていた。
そして、9月、10月を経て、今では毎年11月に開催されている。
江戸時代の記録からも、池坊は宗派に関係なく入門可能とされていたことから、広く親しまれていたのだろう。全国各地から門弟が集まりやすいように、見物しやすいように開催月が変化していったのかもしれない。


今年も「旧七夕会たなばたえ池坊全国華道展」は本日11月13日から開催される。青年部とされる若い方々の作品も楽しみだ。

ハードパワーに傾倒しそうな時代に、観る者の心に直接語りかけるソフトパワーのいけばな。次期家元の、一筋の道を走る挑戦は絶え間なく続いている。

昨年の「旧七夕会たなばたえ池坊全国華道展」 次期家元
かつて京都・東山の菊渓(菊渓川)に自生し 現在 再生が図られているキクタニギクと
シュウメイギクを使った自由花をいけられた





「六角さん」


「姉三六角蛸錦〜」と京都の通り名の歌にもある六角は、六角通りのことで、六角堂に由来している。
六角堂の正式名称は、紫雲山しうんざん 頂法寺ちょうほうじ
古墳時代の587年に聖徳太子が建立し、聖徳太子に仕えた遣隋使 小野妹子を道祖とする。
池坊という名の由来は、六角堂(本堂)の北側に聖徳太子が身を清めたと伝えられる池の跡があり、この池のほとりに小野妹子を始祖とする僧侶の住坊があり、「池坊」と呼ばれるようになったとされている。
代々六角堂の住職を務める池坊は、朝夕、仏前に花を供える中でさまざまな工夫を加え、ここから室町時代の「いけばな」成立に至り、世間にも広まったとされている。


昔から、京の真ん中にあり「六角さん」の名称で、京の町衆に親しまれてきた。
室町時代、寛正2年(1461年)の飢饉の際には、六角堂は炊き出しをしたり、都に危機が迫ると早鐘で急を知らせた。また、応仁の乱後に町衆によって再興された祇園祭の山鉾やまほこ巡行じゅんこう順を決める「くじ取り式」が、室町時代から幕末まで、六角堂で行われていた。
身分や宗派の隔てなく、皆に愛されていた身近な寺院なのだ。

古くより花の名手を輩出してきた六角堂。江戸時代前半には六角堂で学んだ町衆からも花の名手が生まれ、池坊いけばなは全国へと広がっていった。



後水尾ごみずのお天皇の宮中サロンで指導していた、二代池坊専好さんは小野妹子から数えて三十二世に当たる。
仏前供花から始まり立花りっかへ。
いけばなにも光が当たった寛永文化は、今の日本文化の礎とも言えよう。


寛正3年(1462年)、六角堂の僧侶・池坊専慶が、武士の京極きょうごく持清もちきよに招かれて花を挿し、京都の人々の間で評判となったことが、東福寺の禅僧の日記「碧山日録へきざんにちろく」に登場している。
この1462年からを池坊の歴史とはしているが、立花りっかといういけばなのスタイルが確立されるよりもはるか昔から、池坊は花とともにある。

時代は変われど、花に自らの心に抱くものを託して、時に祈りを込めて挿していくことは、小野妹子や池のほとりに住まう僧坊の頃から変わらず伝えられていると感じる。
時代を経ていけばな文化は、より身近に、誰もが親しみ楽しめるものへと育まれたのだ。



今日から始まる「旧七夕会たなばたえ池坊全国華道展」。
京都以外にも、札幌、仙台、東京、名古屋、大阪、福岡において、「本部展」として本部主催の花展「いけばなの根源池坊展」等が毎年開催されている。
本部展ではもちろん、家元・次期家元の作品を観ることができ、今や全国各地から京都へ集まらなくても、出来る限り近くまで、毎年いけばなから会いに来てくれる。
「六角さん」と呼ばれ、京の町衆に親しまれてきた在り方が、そのまま現在にも表れている。


「旧七夕会たなばたえ池坊全国華道展」、本日13日から18日まで、大丸ミュージアムと池坊で「花 いのち みらい」のテーマのもと開催される。





<参考> 池坊公式サイト
     紫雲山 頂法寺 六角堂公式サイト
     YouTube華道家元池坊公式チャンネル
     京都市公式サイト



<(c) 2024    文 白石方一 編集・撮影 北山さと 無断転載禁止>




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