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【ドラマで見る女性と時代】その4の参 『光る君へ』~名もなき女房達の強烈なひそひそ話~(2024年)

「あのギョロ目を目の前にして取り調べなんてされたら、帝の食事に毒を盛った犯人なんて秒で自白でしょ」

 そんなわたしの予想に反し、毒を盛った犯人は不明のまま、ギョロ目の貴族は退散に追い込まれる。

 その貴族・藤原実資ふじわらのさねすけ(ロバート・秋山竜次さん)に犯人捜しを断念させたのは、帝のお言葉でも他の貴族の策略でもない。
 なんと、女房達の視線と空気だ。

 その場面が感動的だった。どの場面も面白いドラマだけど、今回一番頭にこびりついたのはこのシーンだった。


※見出し画像は、京都・廬山寺にある紫式部像です。




帝の一番の側近が、大勢の女房達に囲まれ陰口を叩かれているという圧倒的ビジュアル


 円融えんゆう天皇(坂東巳之助さん)を退位に追い込み、自分の孫を次の天皇の東宮に、そしていずれは天皇にと目論む右大臣・藤原兼家ふじわらのかねいえ(段田安則さん)。
 彼は、帝の近くに仕える蔵人くろうどであり次男の藤原道兼ふじわらのみちかね(玉置玲央さん)に、帝が体調を崩し退位を望むように仕向けよと命ずる。
 道兼は、密かに給仕の女房と通じ、帝の食事に毒を盛らせる。

 帝の体調は、安倍晴明(ユースケ・サンタマリアさん)の邪気払いをもってしても一向に回復しない。

 帝からの信頼が最も厚い側近・蔵人頭くろうどのかみの藤原実資が体調不良の円融天皇の元から戻ると、道兼は実資に近づき、帝のご様子は?薬師くすしは何と?と尋ねる。

 すると実資は、薬師くすしはお疲れが出たのであろうと言うが、あれはただのお疲れではない、邪気払いも今宵で五日目だというのに回復しないのはおかしいとは思わぬか、どうあってもおかしい、と何事も見透かすかのように大きな目をさらに大きく見開き、ギョロギョロとした視線で道兼に問い返す。
 帝はもともとお身体が弱いのですから、と道兼は答えるものの、この度の様子はおかしい、と実資は『 おかしい 』をしつこく何度も繰り返したあげく、帝に毒が盛られていると疑い、給仕の女房達と食事の取り調べを行うことを宣言する。

 この場面の実資の眼付きがすごい。

 場面上は明確ではないが、帝の退位を画策しているであろう右大臣の息子の道兼が毒を盛った犯人だと実資は見抜いていたのかもしれない。
 犯人である道兼、生きた心地がしなかったであろう。

 わたしも、ロバートの秋山さん演じる実資を見ながら、この記事の冒頭のように思った。
 あのギョロ目(←誉め言葉です)では、犯人じゃなくたって目を合わせているのはめっちゃキツい。道兼から言われて毒を盛った女房も隠し通せないのでは?と。


 最初の取り調べでは女房は口を割らず、道兼もどうにか一夜を乗り切る。
 しかし、実資は思い込んだら誰よりもしつこい人物、今後もどのような追及をするかわからない、と道兼は父・兼家にこの件を相談する。

 本当にどうなることやら、と思っていたが、実資はあっけなく女房達の取り調べを中止してしまう。

 その心境の変化を物語るシーンがこちら ↓

 給仕場から、取り調べを終えたと思われる実資が一人で出てくる。
 それを、扇子で口元を覆った10人ほどの女房達が、左右と背後を取り囲むようにしながらついて歩く。

頭中将とうのちゅうじょう様(実資のこと)、いけ好かない 』

『 あたし達を疑うなんて 』

『 無礼極まりないわ 』
(なお、この「~~わ」は、丁寧で優しい女言葉ではなく、末尾のイントネーションを下げた、語気が強めになる言い方である)

『 無礼 』『 無礼 』

『 己の立場を誇示したかっただけよ 』

『 嫌なヤツぅ…… 』

 女房達のこんな囁き声が鳴り響く。
 いけ好かない、とは、態度が気に入らない、嫌い、という意味。
 それとあわせて、合計約20の全女房の瞳が、実資を一斉にじっとりと見上げる。
 扇子で顔を半分を覆っている分、この眼力だけが異様なほど際立っている。

 そんな女房達の雰囲気に、誰よりもしつこいはずの実資はすっかり弱気に。
 そして、取り調べはやめる、お上は次第に回復の兆しにあり毒が盛られているならもっと悪くなってるだろう、自分の早とちりだった、と目を合わせることなくやや俯き加減で道兼に告げる。
 さらには、女房達の憤りもただならぬ、これからやりにくくなるなあ、と困惑した弱気な目で溜息をつく。

 女房達を取り調べるとギョロ目で道兼を真っ直ぐ見ていた、自身の勘、鋭さを貫く揺るぎない実資とは大違いだ。

 実際には、実資の見込みは正しかった。
 帝の体調が回復してきたのは、安倍晴明の祈祷など関係なく、道兼が女房に毒を盛らせるのをやめたからだ。

 それにも関わらず、実資が尻込みし、終いには取り調べをやめるほど圧倒的に威圧的だった、女房達の空気
 集団でネガティブなものを発揮する女達の抗い難いねちっこさはいつの世でも変わらぬものだ。


 ここは、身分の高い実資を実際に給仕処の女房達が集団で取り囲んで直接言葉をかけたという出来事の描写ではない。いくらドラマ、作り話とはいえ時代的にそれはさすがにちょっと相応しくない。

 また、女房達が実資のいない場でただ悪口を言う場面にするなら、わかりやすいけど特に面白味もないだろう。

 集団で影口を囁く女達の陰湿さと、女達の実資への不快感、拒否感
 それらがまとわりつくような空気となり、肌でじわじわ感じて追い込まれ冷や汗まみれとなる実資。
 そういった抽象的なものが、はっきりと視聴者の目に映る。「 無礼極まりないわ 」「 嫌なヤツぅ 」と台詞が現代語なので、女の生々しい悪口が今を生きる視聴者にストレートに伝わってくる。
 この斬新すぎる描写に、実資と同じくらいに圧倒されてしまった
 この場面が好きすぎて、一週間のうちにここだけ何度も見返すわたしなのでした。


父に認められたい一途な道兼、哀れなり


 ところで、実資の取り調べの件を父・兼家に相談した道兼。
 帝のお命まで奪うつもりはなく、この時点で毒を盛ることはもうやめていた。
 女房が口を割らねば実資にバレることはないだろう、と兼家は道兼を安心させようとする。

 それでも不安に満ちた顔の道兼に、その女とはもう寝たのか? と尋ねる父。
 えっ……ネタ…?と一瞬固まる道兼が愉快だ。その様子ではまだ寝てないのだろう。

 その女を可愛がっておけ、大事にされていれば女は簡単には口を割らない、と平安貴族の処世術を教える父。
 さらに、わが一族の命運はおまえにかかっているのだ、頼りしている、と言葉をかける。
 道兼はそんな父に深々と頭を下げ、従順に了承の意を示す。


 この道兼、次男ゆえになかなか父から重宝されず、父から認められることに飢えていた。
 それもあって若い頃は常に苛立ち、事あるごとに弟の藤原道長にも八つ当たり。
 ドラマの初回では、激昂してまひろ(紫式部)の母を殺してしまうほど感情的な人物だった。

 逆に思った。
 え、身体の関係はまだナシで、帝のご飯にちょっと毒盛ってくれよ、なんてよく頼めたな、どうやって女房を口説いたの?
 それとも、毒と告げずに、帝のお身体が丈夫になる薬とか何とか適当なことを言ったのか?

 さらに、実資は今後のためにも手なずけておかねば、と兼家がつぶやいたとおりに、女房達に嫌われてしまった、と立場をなくした実資に、自分はずっと貴方についてゆきますから、とすかさず言葉をかけ実資の心につけこむ道兼。

 ───── なかなかやるじゃないか、道兼。
 初回はめちゃくちゃ嫌なヤツぅという感想で終わった彼だったのに、ストーリーが進むにつれ、出世とともに頭を使うようになったのか、とちょっと微笑ましく見える。


 それと同時に、すっかり兼家の都合のよい道具となり、きっと今後もそうであろうにも関わらず、父の言葉を信じて色々と励む道兼にちょっとだけ心が痛む。

 きっと父に言われたとおり、その晩のうちに毒を盛った給仕の女房の元へ素直に足を運んだのだろう。

 兼家が本気で道兼を頼ってなどいないのは、彼の様々な場面を見ればよくわかる。
 出世のためなら使えるものはすべて手なずけ存分に使いこみ、不要になれば容赦なく切り捨てるのだ。

 まひろの母を殺した過去を兼家に握られているゆえ、道兼はどんな命令にも逆らえない。
 が、その一方で父の役に立ちたい、誉められたいという飢えと自尊心は、父に従い手柄をたてて、頼りにしていると言葉をかけられることで震えるほど満たされてゆく。


 飄々として何事も乗り切れそうな道長よりも、そんな一途で悲哀漂う道兼の方が、今のところ目が離せない。

と、この記事のテーマのはずの『 女 』ではない道兼にも注目してしまいました。


 以上が、第三話
『 謎の男 』感想であります。


前話までの感想です。
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