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【小説】あと2日で新型コロナウイルスは終わります。
~医療従事者も傾聴されたり、弱音を吐きたい。絶望に瀕したアキナの前に天使の階段が現れた。~
「ありがとう。」
アキナがそう言うと、
「ええ⁉」
一緒に話していたスタッフは驚いていた。
「1年前、事件が起きてすぐの頃は、いろんな人が私の悩みを聴いてくれて共感してくれたけれど、いつの頃からか『早く引っ越ししなさい』しか言われなくなって。『わたしは被害者なのに、何で説教されなきゃならないのか』って、悲しくなって。」
「だって、この仕事をしていると毎日出勤して働くだけで大変なのに、木曜日と日曜日の休診日だけを使って、一人暮らしの人が引っ越しするなんて無理じゃないですか⁉」
「そうなんだよね。『早く引っ越せ』って急かすスタッフって、例外なく家族と同居している人ばかりなんだよね。」
【一人暮らしの社会人が休みの取れない職場で働きながら引っ越しが困難な理由】
✔そもそも、物件をさがしたり、見学に行く時間がない。
✔荷物をまとめたり、掃除している時間がない。
✔ガス止めやガス開栓は、必ずガス会社のスタッフ立ち合いが法律で義務づけされているけれど、早朝や深夜などは来てくれるはずもない。実際、引っ越しをしたけれどもガス開栓がなかなかできず、真夏に数日間シャワーを浴びられなかったこともあり。
✔住民票の変更に、引っ越してすぐ役所に届け出を出しに行かなければならない。
✔運転免許証の住所変更をしに警察署に行かなければならない。
✔スマホ・電気・水道・郵便物の転送などは、スマホや郵便などでも変更可能になったけれど、日々のすき間時間で手続きしなければならない。
しかも、アキナは別の問題も抱えていた。
*
「わたし、その男にほんとうに指一本触れられていないんですよ。それでも、そんなことがあるんですか⁉」
アキナは驚いて精神科医に聞いた。
「アキナさんも看護師だから、ある程度はご存じでしょうが、PTSDになるのに、事件や事故の大小が関係しているとは限りません。かなり凄惨な事件や事故を経験しても、PTSDにならない人もいれば、他人から見れば取るに足らないことでも、PTSDになる人はいます。」
アキナは、夜の9時にアパートの外階段を上る際、正体不明の男に後ろから、
「スカートをはいた生足の女。」
と呼び止められた。アキナは恐怖のあまり後ろを振り返ることができなかった。その直後、警察に通報したが、
✅暴言とまでは言えない。
✅暴力を振るわれたわけではない。
✅その男が陰部などを露出していたかどうかわからない。
✅その男がアキナにそういったことをしたのが“初めて”だった。つまり、ストーカーではなく行きずりの可能性も捨てきれない。
ことから、警察としては、“犯人を捕まえる”という事案にできなかったのだ。
(つまり、わたしが一度“被害”に遭わないと警察は手出しできないんだ。)
アキナは絶望的な気持ちになった。もちろん、その夜の出来事が今後一切起きなければ、警察がその男を捕まれる必要もないし、アキナも安心して今まで通りそのアパートで過ごしていくことができた。
でも、その男が近所に住んでいるのか、前からアキナに目をつけていたのか、全く検討がつかないのだ。
*
「職場のスタッフから、暗に『田舎に住んでいる親きょうだいに引っ越しを手伝ってもらえば』ってニュアンスのことを言われるんですけど、わたし、親きょうだいは絶対頼れないんです。理由は、理由は、……話せばとても長くなります。それから、それから、……」
アキナは言い淀んだ。精神科医は、アキナ自身が話したくなるまでじっと待った。
「それは、それは、……、それは、一人暮らしのアパートは、ゴミ屋敷なんです。あっ、アパートだから、“屋敷”じゃないか。それで、だから、働きながら簡単に引っ越しするための荷造りなんてできないんです。かと言って、あんな汚い部屋をゴミ屋敷の掃除専門業者にも見られたくないんです。」
アキナの顔は耳まで真っ赤になっていた。
「あなたと同じ職業の人には、実は多いんですよ。あなたと同じ“病気”の人が。収入が多い人だと、1軒目の家がゴミ屋敷になると2軒目を借りて、そこもゴミ屋敷になると3軒目を借りている人もいます。」
「そうなんですか⁉」
アキナは驚くと同時に、少し安心した。アキナが気づいていないだけで、同じ職場にも“同士”がいるかもしれないのだ。
「✔1年前の事件によるPTSD、
✔親きょうだいとの関係、
✔片付けられない病気、
✔職場の同僚が『早く引っ越せ』と言ってることの心の負担、
それから、
✔新型コロナウイルス対応の心の負担。」
「新型コロナウイルスの対応も、わたしの心の負担になっているんですか⁉ わたしのクリニックは産婦人科ですし、感染症専門の医療機関でもないのに。」
「それでも、心の負担になっているのには違いません。」
「わたしの働いているクリニック程度では泣き言を言ってはいけないと思っていました。毎日、命がけで働いている医療従事者は、全世界に数えきれないくらいいるから。」
「最初の話に戻りますが、同じ事件や事故を受けた方でも、心の傷に差異はあります。」
「ということは、わたしは“弱い人間”なんでしょうか。」
「短所は長所でもあります。アキナさんが繊細な人間というならば、それは、患者さんの悩みを敏感に感じ取り、共感や共鳴できる人とも言えます。」
「そうおっしゃって頂けると、何だか気持ちが軽くなります。」
アキナは泣きそうなのをグッと堪えた。
「一緒に、一つずつ解決していきましょう。」
「はい。ありがとうございます。」
アキナが外に出ると、空の合間から太陽の光が射す“薄明光線”が現れていた。それは、アキナには“希望への階段”に見えた。
新型コロナウイルスが終わるまで、
あと2日。
これは、実体験に基づいたフィクションですが、実在する精神科医の言動や見解とは無関係です。
◆自殺を防止するために厚生労働省のホームページで紹介している主な悩み相談窓口
▼いのちの電話 0570・783・556(午前10時~午後10時)、0120・783・556(午後4時~同9時、毎月10日は午前8時~翌日午前8時)
▼こころの健康相談統一ダイヤル 0570・064・556(対応の曜日・時間は都道府県により異なる)
▼よりそいホットライン 0120・279・338(24時間対応) 岩手、宮城、福島各県からは0120・279・226(24時間対応)
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![椎良麻喜|物書き(グルテンフリー/小説/エッセイ/写真)](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/50674570/profile_4190899c01e8c9ae16ca72237684c923.png?width=600&crop=1:1,smart)