なこ

どうしようもない心の内側です。 記憶の断捨離。

なこ

どうしようもない心の内側です。 記憶の断捨離。

最近の記事

ずっとつきまとってくる。 あたしはあたしを救うために自分の意思で家を出た。 ちゃんと伝わったはずだと思ったけど。 伝わることなんて何も無いんだ。 全部自分が気持ちよければいいんだ。 自分のやったことを棚に上げて、親元離れて親のありがたみわかった?って言いたいのかな。 逆だよ。最初からこうすれば良かったしか思ってない。 離れたって生きていけた。 ちゃんと社会人して、生きてる。親からなんの援助も支援も受けてない。 親が勝手に使った奨学金だって返してる。 あの日から。 やっ

    • 大切なのは

      あたしを大切にしてくれるのは誰だろう、 ママもお義父さんもパパもみんな自分が1番だった。 あたしはあたしが1番になることに執着した。 負けず嫌いだし、執着もする。 どんな相手にだって。 あたしはあたしの愛を最大限に渡せるのに。 どうしてみんなは自分を大切にできるの? どうしてみんなは自分を1番にできるの? ずっと分からない。どうすればこの心の穴ふさげるのか。 色んな心理の話、本、ネット見た。 仕組みは分かるのに。心が追いつかないの。 死にたい、

      • 処女性という宝物

        あたしの人生で1番大切にしているテーマ。 「処女性」 少女性ともいうべきか、? これは19歳なりたての時に出会った恩人で不思議な人に言われた言葉。 「君は猛烈に処女性が強い、殻が硬すぎるぐらいに硬い。」 最初は、゙??????゙ 文字通りハテナが頭にたくさん。もちろん理解した、分かったフリをする。 警戒心の強い私は舐められることを1番に恐れていたから。 不思議な人はそんな事も全て見透かしていたけど笑 不思議な人は教えてくれた。その処女性は出そうと思って出せるものじゃな

        • 神様、あたしが悪い子なの知ってるからあたし絶対幸せに近づけない

          ノンタイトル

          幸福と不幸の物差しなんてない。そんなの分かってる。 でもなんなんだろうね、誰かの不幸を聞くと自分の方が不幸だって言いたくなる。 きっと不幸の中で足掻いた自分を守りたいから。 他人の不幸を聞くと自分の頑張りを否定された気持ちになるんだよねきっと、 他人を抱きしめるほどの余裕なんてない。 抱きしめられた記憶があれば抱きしめることが出来るのかな。 抱きしめられた経験がなくても抱きしめられる人間になりたいな

          ノンタイトル

          紺色の手紙

          大好きな人と離れてから1ヶ月が経った。 あんなに辛くて悲しくて寂しくて止まらなかった涙もいつの間にか引っ込んで日常がすぎている。 離れて振り返ると、20歳の男の子には大きすぎるほど色々な感情をぶつけて存在を押し付けてしまった。思えば、彼とは、希望も何も無くて、死にたい、というより生きる執着がなかった私にまるで見えない存在が用意してくれたかのような出会い方だった。 くさい事を言うと、真っ暗な場所から光が刺したみたいだった。出会ってからは視界が広がって、自分の世界に色がついた。

          紺色の手紙

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          私は写真を残してる。 始まりは18歳の秋。 フォトグラファーさんからの誘い。モデルも芸能も何もかも未経験の女子高生。 そこで被写体と言う存在を知った。 初めての撮影は楽しかった。自分の中の感情を吐き出してるみたいで気持ちよかった。 それを境に色々な人に撮ってもらった。アマチュアが大半だけど中にはプロもいた。 今思うと、自分は本当に運が良かったと思う。未成年の女の子が1人でやり取りをして写真を残しているのに、何事もなく、トラブルもなくちゃんと写真を残せた。 19歳の夏1人

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          幸せの近道ってどこだろう、

          幸せの近道ってどこだろう。幼少期から心のどこかでずっと探してた。 20歳の私は今でもそれが分からない。 ぐちゃぐちゃな家庭環境、常に聞こえる怒鳴り声、疲弊した家族、何も言えない自分、心を守るためにどこかこの家とは他人事のように振舞った。 自分には家族がいない。ここは自分が生きるためのコミュニティで住まわせてもらっている身。私に親と言える存在は無いに等しい。だからしょうがないと、思い込むようになった。 そうすると楽になる。少しだけ。他人事のように振る舞えば少しだけ受け入れるよ

          幸せの近道ってどこだろう、

          まだこども。

          まだこども。

          大きなかさぶた

          いつからだろうこんなに自分の内側をさらけ出すのが怖くなったのは。 私の一番古い記憶は多分2歳ぐらいの時ママとパパが離婚の話をしていた光景。私は空気を察してるのかしてないのか、パパの肩を揉んだり膝に座ったりした。ママとパパの他に姉2人とママの親友がいた気がする。ママの親友、、あばちゃんは離婚後ママが仕事中、保育園に入るまで私の面倒を見てくれてた優しい人。 よくある話。パパは不倫してた。パパの顔を声も覚えてないから別にショックは今もないしパパはいないものだと思ってる。ほとんど

          大きなかさぶた