西瓜糖の日々
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いま、こうしてわたしの生活が西瓜糖の世界で過ぎてゆくように、かつても人々は西瓜糖の世界でいろいろなことをしたのだった。あなたにそのことを話してあげよう。わたしはここにいて、あなたは遠くにいるのだから。
(中略)
アイデスでは、どこか脆いような、微妙な感じの平衡が保たれている。それはわたしたちの気に入っている。
小屋は小さいが、わたしの生活と同じように、気持の良いものだ。ここの物がたいがいそうであるように、この小屋も松と西瓜糖と石でできている。
わたしたちは西瓜糖で心をこめて生活を築いてきた。そして、松の木と石の立ち並ぶいくつもの道を遡って、わたしたちの夢の果てまで旅をしてきた。
わたしは寝台をひとつ、椅子を一脚、テーブル一台、それにいろいろな物を納っておく大きな箱をもっている。夜になると西瓜鱒油で燃えるランタンもある。
そう、この西瓜鱒油のランタンときたらたいしたものだ。そのことは、またあとで話そう。わたしの生活は静かに過ぎてゆく。
(後略)
「西瓜糖の世界で」より。
**上記は著作より転載、以下は僕(誠心)の感想**
全編を通して、童話のような無垢な世界。初期の村上春樹作品のようにカラっとして抗わず、流れてゆく。『アメリカの鱒釣り』に続き、藤本和子さんの訳がとても良い。
ちなみに、2022年9月19日に『アメリカの鱒釣り』について投稿している。
https://note.com/seishinkoji/n/n7b386909b03e
僕は、語り手の目の前で自身の両親を食べてしまった虎たちに「算数を手伝ってほしい」とお願いするシーンや(この「算数」は何度よんでも好きだ)、無音の西瓜時計を作る男や(木曜日は無音の黒色の西瓜の日なのだ。「西瓜の太陽」より)、語り手が彫刻がちっともうまくいかず西瓜工場で働こうかと考えているシーン(「何かが起こるだろう」より)などが好きだ。
今回このブローティガンの小説を読んで、静けさの中に小説がある暮らしはやはりいいと感じた。心おだやかであるときにこそ、味わえるものがある。本作は、たて続けに2度よんだ。また、僕の暮らしが西瓜糖の日々となれば、繰り返し読むだろうと思う。
静けさの中に小説がある暮らしはやはりいいものだ。