Seiko Yamamoto
先日、息子が2歳の誕生日を迎えた。 朝、2年前のことを思い出した私は、「あの日は大変だったなぁ」と、ふとつぶやいていた。 あの日から2年。 柔らかな宇宙人のようだった彼は、少し覚えた単語を駆使しながら、表情豊かに色んなことを話し、歩いたり走ったり踊ったり、賑やかに過ごしている。性格は穏やかだけれど、やや怖がりなようで、電車や車が大好きなのに、そのおもちゃが電動で動いたりすると「くわい(怖い)」と離れていく。 そんな息子との何気ない日々は幸せで尊いと思う。 ただそれなのに不
台湾の滞在中、台中駅から40分ほどバスに揺られたところにある東海大学へ友人を訪ねて行ってきた。 その日はたまたま大学内のギャラリーで芸術学部創設40周年の記念展のオープニングパーティーが催されていて、教員と学生が賑やかに談笑し和やかな空気に包まれていたが、中国語がわからない私は作品をゆっくり見て回ったあと、友人を待ちつつ構内を少し歩くことにした。 来る時にGoogleマップを見ていたのである程度敷地が広大であることは予想していたが、奥へと進んでみると道中の大都市の喧騒からは
先日、北九州のアートスペースOperation Tableでの短い展示があり、その設営を手伝ってくれたガラス作家の安田尚平さんという方が、彼は「窓ガラスの断面を見た時の青さに惹かれて、それを材料にするガラス作家になった」と言っていた。 それを聞いて、 「うちの子の名前は「窓」というんですよ。」と話したら、 びっくりした笑顔で、 「嫉妬すらしてしまいそうなとてもいい名前ですね。きっと強い子になりますよ。だって、そのガラスの青さは、原料の中の鉄(酸化鉄)によるものですから。」
妊娠してから、とたんにやれることが減り行動範囲が狭くなってしまった私に、「気分転換に行ってきたら」と夫が勧めてくれた銅鍋を作るワークショップに参加した。 内容から産後1ヶ月の体には少しハードかなと思ったけれど、行く途中のドライブで見た、夏の残りの青々とした風景がかえって私に力をくれるようで、思い切って外に出てよかったと感じた。 そういえばこの1週間ほど前、何かの用事で出たときは、まだまだ私は枯渇していて、大濠公園のお堀沿いに生えるいきいきとした雑草を目の端で見ながらなぜかや
小さな吐息をじっと見つめる静かな時間が過ぎていく。 たまに覗くSNS上の賑やかな世界も、今は随分と遠く感じられ、私はいつか、またここに戻れるのだろうか、ふとそんな風に思うこともある。と同時に、世界にはこんな風に外界と接触もなく、宙に浮いたような空間がいくつもあり、その中で生きている人たちがいるんだろうと想像する。 パチンという感触があったかなかったか、生ぬるい大量の液体がバシャバシャっと股間を流れた。3日目にして人工破膜を選んだ私は、その後戻りのきかない重すぎる決断に、分娩
気温が少しずつ上がってきて、 我が家の敷地も、たくさんの生命の勢いに包まれている。 住み始めて以来、季節ごとに感動していた庭のザクロも、 冬は葉を落としていたものの、 赤茶色の新芽をつけ、いっきに緑色の葉に包まれた。 そこに、真っ赤な実がなりはじめたと思ったら、 固い固い、蕚(がく)だった。 少しずつ開き、薄くて柔らかな、花びらが出てくる。 花びらは簡単に垂直に落ちて、萼の根っこが膨らみ、あの大きな実になるらしい。 私たちは今か今かと収穫時期を待っているけれど、
今日も朝早くに目が覚めてしまった。 ここのところ、23~24時には眠りにつくものの、夜中の3時か4時くらいには目が覚めて、朝方6時くらいに二度寝するという日々が続いている。暗い布団の中でFacebookを開くと必ず誰かは起きていて、どこかの暗く静まりかえった部屋でひとりもぞもぞと活動する姿を想像してしまう。 福岡は昨晩から春の嵐なのかやけに風が強く、今朝は雨が降っている。カーテンの隙間からみえる、少しずつ明けていく、濡れたような青色と灰色の間の空気が、映像を通してみるウク
12月に40歳を迎えた。「年をとる」ことや「おばあさんになる」ということは漠然と昔から想像しているのに、この微妙な年齢になることは、なぜか全くイメージができていなかった。 そういえば3年ほど前だったか、たまたまその年に40を迎える女性2人と夕食をともにしたことがあった。ふたりともそれぞれに自立し充実した仕事や生活を送っているように私からは見えていたので、そのときの彼女たちの口から思いの外、漠然とした戸惑いのようなもの漏れるのが意外で心に残っていたけれど、今になってなんとなく
8月に引っ越しをした。 新しい家は、築70年ほど経っていると思われる木造の戸建てで、街のど真ん中まで自転車圏内にありながら、ここだけ時代の流れから取り残されたような佇まいだ。 家探しを始めて間もない頃、写真だけ見ていたときは、まずこの家に住むことはないだろうなと思っていたのに、内見からの帰り道には、私も夫もお互いが高揚しているのを感じた。 広い敷地は、90歳をこえた大家さんが母親から譲り受けたものらしく、この現代の”土地さえあればどんな隙間でもマンションが建つ時代” に
昨年の12月、私は39才になった。 40代まで、残り1年しかないということにどこか焦っているのか、 それともこの先の見えない日々の空気に疲れているのか、 気持ちの角っこがずっと晴れずにいる。 最近、仕事面において、少し残念なことが続いている。 理由はそれぞれに、それぞれで、色々だけど、 40代、この先、このままの道をずっと歩んでいていいのだろうか、 とふと考えてしまう時も増えた。 今日の福岡は暖かく、山下陽光さんのお宅で開催されていた「途中でやめる」の直売会へ
この前、数人の友人と久しぶりに集まった。仕事以外の用事で、人に会うのは何カ月ぶりだろう。久しぶりの息抜きになった。 今、奈良県橿原市の今井町というところで開催中の芸術祭に参加している。集まった中には、展覧会を見に行ってくれた人もいて、そのことが話題にあがった。 他の同席者に見た人も見ていない人もいて、こういう場合どんな作品だったのかをある程度共有する必要がある。それで、誰か見た人が説明を始めてくれる場合も多々あるけど、だいたい開始30秒ほどで、「作った本人が説明すれば」と
この前、仕事帰りにへとへとになりながら、高架の上の高速道路をひとり運転していた。空がでっかく広がり、ちょうど夕暮れ時の雲がまだらに去りつつ、まさにマジックアワー、そのまま光れる空に突っ込み消えてしまうのかもしれないと思った。 そしてなぜか突然、最近自ら逝ってしまった、あまり年の変わらない有名女優のことを思い出した。彼女は最後となってしまった家族との夕食の風景を、光のように穏やかに見つめていたのではないかと。 全てを持っているかのような彼女の突然の死を多くの人が驚いたし、そ
川の近くでの、新しい生活が始まった。 住んでいるのはどうみてもアパートといった風情だけれど『○○マンション』という名前がついていて、ちょっと背伸びした感じがとても愛らしくて気に入っている。 今日はよく晴れていて、川も山もピンとしてなんだか私も良い1日を過ごせそうな気がする。 ベランダで洗濯物を干していたら、初めて隣に住む70代半ばくらいのおばあさんが出てきて話しかけられたので、お隣さんふうに話をしてみた。 これまで住んでいた家では、隣近所と交流らしい交流をしたことがな