「がん」は治るでしょうか。
「私のがんは、治るでしょうか。」
よく聞かれる質問です。駆け出しの頃は非常に悩ましい質問でしたが、質問され過ぎて次第に自分の考えがまとまってきました。「治るかどうかやってみなければ分からない」なんてことは言いません。「治りません」とも言いません。専門の肺がん領域に少々偏った考え方になるかもしれませんが、どうかお付き合いください。
まず「がんが治る」とは何かを考えます。
議論するには定義が重要ですね。
手術で切ったら治るでしょうか。放射線治療で焼いたら治るでしょうか。薬で治すのは不可能でしょうか。どれも違います。身体から「がん細胞」が全部消えたら治りますね。でもどうやって消えたことを証明しましょうか。画像で見えないようなミクロレベルで残っていたら?
ある治療を完遂してから、追加の治療をしないで5年間再発がないことを「治る」と定義します。
手術で原発巣を完全切除しても、再発のリスクがある以上は「治った」と言えません。5年間というのは確率的に、わずかにがん細胞が残っていた場合に徐々に大きくなって、検査で検出できるようになるだろうという期間です。治療手段が「手術」でも「放射線」でも「薬」でも、その治療を終えてから5年間再発しなければ、それは治ったということになります。
がんの治療の基本は「囲むこと」です。
囲まなければならない範囲が広くなる程、治療は難しくなっていきます。たとえば直径1cmの腫瘍が肺にポツンとあった場合、それを囲む治療を考えます。手術でもとりきれるでしょうし、放射線治療も良いですね。しかしこれが大きくなってきたりリンパ節に転移したりしてくると、「放射線」で囲むには広過ぎて正常臓器への副作用の問題等から治療が危険になってきます。手術ならなんとかなるかも、ということもありますね。極端な例ですと、片肺まるごと切除するような手術が選択されるケースもあります。
ところが他の臓器への「転移」があると、「囲む」のが一気に難しくなります。例えば肝臓や骨に「転移」すると、ずいぶん広い「囲い」を作らねばなりません。肺から「転移」するには血流にのっていくわけですから、「全身」を囲まなければならないのです。これがステージ4です。
全身を囲むことのできる治療は「薬」しかありません。しかし多くの場合、「薬」だけで全てのがん細胞を消滅させることは困難です。困難です、と言いました。そう、不可能とは限りません。ただ、確率は低いのです。
ステージ4のがん治療は「治ること」を目標にしません。目標は「がんのコントロール」です。
たとえ薬を使いながらでも、「がん」が悪さをしなければそれで良いと考えます。或いは薬を使わなくても、それで良しと考えることもあります。積極的な抗がん治療が常に正義とは限らないのです。
「がん」に限らず、人はいつか必ず死を迎えます。その病気になると、人よりも死を意識する時間は増えますが、生まれた瞬間から死に向かって歩いていくヒトであることには何も変わりありません。死はいつも、すぐ傍にあります。貴方も、私も、次の瞬間には死を迎えるかもしれないのです。多くの場合、それは恐怖です。未知は恐怖であり、自己喪失は恐怖だからです。幼少期から疾病や外傷で幾度か死線を彷徨う度に、筆舌に尽くし難い恐怖を、私は感じました。
医学の究極の目標は「健康と不老不死」という考え方もありますが、私の立場は少々異なります。「健康」は目指すべきで「ほどよい長寿」は素晴らしい目標だと考えますが、不老不死は夢のままに留めておいた方がよいと思うのです。
今世の「死」は真理です。
ハイデッガーの主張を借りるなら、「死」があるから「生」が存在します。
かつて仏陀は「生老病死」を避けられない真理と位置づけました。
すべての生命は死を迎えます。ヒトも、動物も、植物も、この星も、宇宙も。
それは忌避すべきことでしょうか。
私は死を直視することこそが、今この生命を強烈に輝かせる鍵のように思えてなりません。
Live as if you were to die tomorrow.
Learn as if you were to live forever.
今日も私は、明日死ぬつもりで生きています。
そして永遠に生きるかのように学び続けます。
死後には財産も肉体も記憶すらも、持っていくことはできません。ただこの『魂』だけを、大切に磨いていきたいと思います。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の生命が眩く輝き、魂の永遠性に到達しますように。
#宇宙SF #眠れない夜に
#エッセイ #医師 #がん #肺がん #癌 #がんは治りますか #がん診療 #抗がん剤 #5年生存率 #ステージ #ホスピス #BSC #DNAR #死 #ハイデッガー #仏陀 #ガンディー #生老病死 #魂 #今世 #過去世 #来世 #輪廻転生
#永遠
ご支援いただいたものは全て人の幸せに還元いたします。