頭痛と痒みとイライラと。【漢方医放浪記】
しばらく元気だったんですけど、と申し訳なさそうに診察室に入ってきたのは、線の細い青年でした。見るからに胃腸の弱そうな彼は青白い顔をしていて、時折ぎゅっと瞬きする様子から、頭痛の存在を感じました。
2年ほど前、長年の片頭痛を患う彼の治療をしました。起床時からひどい頭痛があって生活に支障があった彼には冷えを伴う水毒の頭痛があって、呉茱萸湯と五苓散の同時内服が著効しました。
今年は湿度が高いから、気象病の一病態としての片頭痛が再発したのだろうかと思って話を聴きますと、状況はそれより幾らか深刻でした。
曰く、片頭痛発作が週に4, 5回あって仕事に行けず、慢性的に頭が重く肩が凝り、いつも疲れていて下痢が止まず、身体中がかゆいというのです。体調が悪いせいかもしれないけれどイライラして眠れない、と彼は言いました。
既に標準的な西洋治療は実施されているものの、頭痛が僅かに軽減した程度で全般的な体調不良は悪化の一途を辿っているようです。
舌は暗赤色で白苔が厚く広く、歯痕がついて静脈が張っています。
脈をみますと、上焦浮・中下焦沈・数・弦・大・脾虚・腎虚・肝実です。
腹をみますと、腹力は3/5、左優位の臍傍圧痛が著しく頭尾側に連なる腹直筋の緊張があり、左優位の胸脇苦満と心下痞鞭が目立ち、臍上振水音があって小腹不仁です。
これは只事ではありません。
壊病。複数病位に及ぶ虚実錯雑の証です。
根底には消化管の冷えがあって下痢しますが、数脈ですから熱もあります。冷えと熱の混在する非常に複雑な病態です。寒疝が熱疝に移行したのでしょうか。
厥陰病位に似ているけれど、単純な厥陰病ではありません。元々の不調にみえる太陰病位虚証・寒疝の治療に加えて、太陽・陽明・少陽病位の併存病態の治療も必要ですし、最もひどい頭痛の治療にはもうひと工夫必要でしょう。
私の頭の方が痛くなりそうです。
彼の話を聴きながら、私は治療戦略を組み立てました。
疝の治療には標準的に当帰四逆加呉茱萸生姜湯を使いましょう。しかしコレだけでは温めすぎてしまいますから、きっと熱をもっている上半身がさらに火照って具合が悪くなります。
三陽にわたる虚実錯雑証には柴胡加竜骨牡蛎湯がちょうどいい。自律神経機能を回復しながら、胸のあたりにこもった熱を冷ましてくれることでしょう。
もう一歩。頭痛とかゆみを治すのに升麻が欲しい。升麻の有する昇散作用と陽明肌腠の邪を発散して除く効果に期待します。生薬一味を足すだけでよいものの、エキス製剤で処方する必要がありましたから、升麻葛根湯を選択します。これは葛根湯の構成生薬のうち、桂枝・生姜・大棗を去って麻黄を升麻に変更した処方です。
こうして私は彼に、当帰四逆加呉茱萸生姜湯合柴胡加竜蛎升麻葛根湯を処方しました。
数日以内に彼の頭痛は消失し、2週間後の再診時には殆ど全ての体調不良がサッパリ治っていました。彼の笑顔と上機嫌に乗っかって「個人の特定されない形で症例報告してもいいか」と訊ねたところ、快諾いただきましたので、noteにも稿を起こしました。彼の体質が変わるまでは処方を調整しながら漢方治療を継続することになりそうです。
漢方医学はオーダーメイドありきの職人技です。同じ症状や病名に同じ薬を使っても治るとは限らない。それどころか病状を悪化させてしまうこともありますから、細心の注意が必要です。長期間飲まなければ効かない、という誤情報にも気をつけねばなりません。勿論そういうケースもありますが、多くの場合1〜2週間程度で効果判定が可能と私は考えています。
拙文に最後までお付き合い頂き誠にありがとうございました。願わくは、貴方の不調が解決の糸口に辿り着き、心地良い生活に向かいますように。
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