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短編集②

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#掌編

夫が豚になった(小説)

夫が豚になった(小説)

 それは夜に雨が降った日だった。朝が来ると晴れていた。夜露が朝日できらきらと光り、ベランダに置いている植物は、その雫を私に献上するように、葉をぴんと伸ばしていた。
 お味噌汁も作った、ご飯粒はきちんと立っていた。目玉焼きは黄色い部分は固かった。
自分でも珍しいと思うくらいに、ちゃんとしている日だった。
 普段は朝日の光を感じたい私は、早めに御飯を食べる。夫は仕事が遅い出勤なので、起き出すまでほっと

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幻想メニュー取材録①(小説)

幻想メニュー取材録①(小説)

淡雪のクリームと七色のラスク

 私はライターだった。グルメ雑誌「ラリック」で記事を掲載している。
担当は「幻想メニュー」の探訪記だ。この世には、魔法や幻想を使ったメニューが存在している。星屑を散らしたフルーツグラタンや、食べた瞬間、花火の記憶を思い返せるスターマインクッキー。人魚の泪から作られたゼリーは甘く、切ない気分にさせる。
 
 今日、私はとある県の山の麓に向かっていた、雪が降り積もり、日

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君との「今」を切り取る(小説)

 あと一週間で桜は東京に行く。季節は冬が終わり、春がはじまったばかり。服の隙間から入る風が、心なしか温かく感じる頃だ。
 先々週まで僕と桜が高校三年生だった。
四月になれば僕は地元の地方大学に通い、桜は東京の専門学校に進むことになった。彼女はそこで美容師の資格をとるらしい。

「あー」

 そう僕が言うと、桜は読んでいた文庫本を閉じて。
「どうしたの、そんなに気が抜けて……」といぶかしげに

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記憶とメイドと写真

記憶とメイドと写真

 メイドのマリアは古風な木造屋敷でバラの剪定をしていた。
その表情は、苦虫をかみ切ったように歪んでいる。
それを見て主人であり、恋人であるヨハネスは困ったように微笑んだ。
「マリア、その顔じゃ写真映えしないよ……」
「別に写真なんて映えなくて結構です。全く何を考えているのですか、ヨハネス様」
「いやいや、マリアは可愛いよ。美人だと思うんだけど」
「へぇ」
「そんな憎々しげに言われてしまうと、こっち

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梅の香りに包まれて(BL掌編)

梅の香りに包まれて(BL掌編)

 二人の家の玄関脇にはボトルがある。
その中身は春秋(はるあき)の同居人である頼政が漬けた梅酒だ。
春秋と住むようになったばかりの頃に、急に思いたったように作り始めた。
 大事に、まるで守り通すように作られた酒を試飲させてもらうと、フルーティさの中に水のような透き通った味がした。
「もう、これ飲めるぞ」
「いやいや、まだだよ」
 ひっそりと頼政は笑う。その白い首筋はかみつきたくなるほどに綺麗だった

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化け猫と博正

化け猫と博正

 夏の終わり、猫は人の祭りを楽しめないのか。

 蝉が鳴る中でお囃子の声が聞こえてきた、私は真昼から締め切った障子戸を開けた。調子のいい笛の音と、太鼓の響き、子供達は一生懸命に御輿を担いでいる。
 あぁ、今日は祭りだったのか。ぼんやりとした頭で、囃しの音が耳に染み込んでいく。
 そういえば一ヶ月前から御輿の準備がはじまったり、神社前が騒がしくなっていたり、老若男女の騒がしい声が聞こえてくること

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先輩を殺します

先輩を殺します

――先輩、僕が殺しますよ。今度こそ。

 その先輩は突飛な先輩だった。夏のさかりの、汗が吹き出す暑さなのに、冬
服のセーラーを着ている。そして何故か腕を伸ばしてぴょんぴょん跳ね続けて
いる。林間学校のことだった。学年を問わずに集まり、山の中で活動するのだ
が、その中でも先輩はいつでもセーラー服を脱がない、変な人だった。
 なんでそんなに跳ねているのだろう……僕は思わず声をかけてしまった。
すると先

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蜂蜜選びと恋

蜂蜜選びと恋

 恋は蜂蜜のようにうまく選べない。

 蜂蜜フェアに行く朝、私ははれぼったい瞼を冷やしていた。冷水に漬けたタオルを当て、ぼんやりと夜明けの空を見る。そんな時、ため息をつきそうな自分をこらえながらーーあぁ、何故にこんな恋をしているのかと思うのだ。

 私のつきあっている人はネガティブな人だった。普通にしゃべっていると気づかないけど、いつも卑屈に物事を見てしまうのだ。
「あの人より出来ないのに

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草刈り

草刈り

 草刈りをすることになった。お爺ちゃんの家の庭の草刈りだ。
 家族は来なく、僕独りで草刈りをすることになった。
家族は独りで大丈夫と聞いたけど、僕は「大丈夫だよ」と勢いよく頷いて、草刈りをする鎌を持って、おじいちゃん家に向かった。

 草は高く伸びていた。草の濃厚な匂いが肺の中に満ちる。命の強い匂いがする。
 そう、草を刈る度に、悲鳴と血の匂いが強く放たれる……。

 僕は……怖かったこと

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私と月と旦那様

私と月と旦那様

 からんからんと下駄を鳴らして、家の戸を開ける。
町を練り歩く豆腐屋から豆腐を買ってきた。
「ただいま」
 声を上げるがそれに応えるものなどいない。私の旦那様は今日も出張で家を開けている

 三日前のことだ。
「また出張ですか……」
 旦那様は軽くうなづき、家からはずいぶん遠いところにある地名を口に出した。確か橘の実がよくとれると聞く場所だ。数日は仕事で行き、電気で動く箱を売るのだと言った。

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