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草刈り

 草刈りをすることになった。お爺ちゃんの家の庭の草刈りだ。
 家族は来なく、僕独りで草刈りをすることになった。
家族は独りで大丈夫と聞いたけど、僕は「大丈夫だよ」と勢いよく頷いて、草刈りをする鎌を持って、おじいちゃん家に向かった。

 草は高く伸びていた。草の濃厚な匂いが肺の中に満ちる。命の強い匂いがする。
 そう、草を刈る度に、悲鳴と血の匂いが強く放たれる……。

 僕は……怖かったことがあった。いじめっ子が怖かった。昔の話だけど、僕はあるいじめられっこを助けた。その子が閉じこめられた掃除道具を入れられている用具箱を開けて、その子を解放した。そしてその子を逃がしたことに目を付けられて、その用具箱に閉じこめられた。そしてーー出られなかった。狭い空間、動けないからだ、熱でどんどんと意識が遠くなる。僕は助けたのに、誰も助けてくれない……どうしてなのか。どうしてだろうか。
 僕は何も考えてなかったとしても、それでもこんな喉をカラカラにして、暑さで意識が遠ざかるような目に遭うことはなかったのに……。

 次に目が覚めたとき、僕は死んでいた。水死で死んでいた。死んだらどこに行くのだろうと思ったら、今の家族と出会った。

 彼らは地獄の鬼だという。鬼は義を果たして死んだモノがなるという。おまえは人を助ける義で死んだ。だから鬼になれると。

 しかしそれになるには一つ試練がある。草刈りが出来るかどうかという試験だ。僕はずっしりと重い鎌を渡された。

「さぁ、この草、首を一つ、刈ってみろ」

 鬼による獄門の試験だった。

 時間は待つということで、僕と地中に埋められ、首だけ出た人間だけが残された。とはいえ、僕は殺す気なんてなかった。だってそうだろう? 公認された殺人とはいえ、鬼になる試験だと言われて出来るわけがないだろう。
 僕はただの子供だった。ミミズを踏みつぶしたり、蛙を膨らますとは大違いなのだ。鎌で首を切り落とせるわけがない……そんなの、恐ろしくて指が震えだした。
 首はか細い声で、僕に救援を求めた。
「た、助けてくれ……」
 僕は首を見た、見覚えのある顔だ。そうだ、僕の担任ではないか。いつもつけているメガネが外れているので、まるで誰だか分からなかった。
「先生、どうしてここに……」
 先生は僕の顔を見るなり、目をむいた。
「お前こそ、どうしてここに! 死んだはずだろう!」
 するとそこに髪の長い鬼女が入ってきた。
 そして僕の肩にそっと手を当て、耳元で囁いた。
「このモノはな、意識を失って死にかけたお前を見つけた奴だよ、クラスのいじめに気づいておりながら、放置していた。いじめっ子の女性と懇意になっていて、止められなかったんだよ。そして事件を無かったことにした……お前の体を、川に沈めて流してしまったんだよ……」
 僕は聞いた。
「僕は見つかったの?」

「骨になった後でな、それで誰もお前に起きた真相が分からなくなってしまった」

 僕は先生を見た。

「先生、それは本当なの」

 先生は青白い顔で、わめき散らすように否定した。あぁその目はうそをついていると直ぐに分かった。先生は先生ではなかったのか、男だったのか。それで僕を、保身のために殺したのか。僕は保身のために殺されなくちゃなかったのか。僕はいじめを止めたかったけど、けしてそれで死にたくなかった。だって夏休みの前だったんだ。海への旅行も、家族との花火も、友達とのプールも……まだまだたくさんの楽しいことがあるはずだったんだ。それに何よりも……あの時先生が助けてくれれば、地獄で鎌を持つ必要だってなかった。

「僕、死にたくなかったよ……」

 鎌を持って、僕は先生に近づいた。先生は悲鳴のように懇願し始めた。女性はそっと目をつむる。これから起きる悲鳴をしっかりと聞こうとした。

「どうして殺したの……」
 先生は叫んだ。
「うるさい! 助けた方が馬鹿なんだよ! あのままあの子を放っておけば……!」
「どうして……?」
「や、やめろ、近寄るなぁ!」
「生きたかったよ……」
 僕は叫んだ。
「生きたかったんだよ!」
 僕は勢いよく、鎌を先生の首を鎌で落とした、
叫び声はなかった。先生の首をごろんと転がり、血がわき水のように辺りに広がった。僕の中に罪悪感がどろりと這いずり回り、震えだした手では鎌は持てず、床に落としてしまった。僕は血を浴びた体で、震えながら呟いた。
「僕は……どうすれば良かったの?」
 鬼の体になった僕を鬼女は優しく抱きしめた。
 
 お爺ちゃんの家の庭(地獄)は詐欺で人を死に追いやったモノがたくさん生えているという。その数は果てしなく、刈っては生えていくとお爺ちゃんは言った。
「悪は消えないものだろうなぁ」
 僕は草を整頓しつつ、頭を傾げる。
「地獄に堕ちた悪人を刈る僕らも……悪なのかなぁ」
 また血しぶきが飛ぶ。
「そうだろうさ、だから鬼なんだよ。鬼にならなければ出来やせんさ」 
 からからとお爺ちゃんは笑った。そうだねと僕も笑う。殺す度にわき上がる罪悪感は、僕の体をどんどんと黒に染めていく。いずれは心も黒く染め上げ、僕は本当の鬼になるのだろう。それでも……。
 僕は鎌を振るった。先生を殺したときよりもずっと上手に鎌を振るえるようになった。今日も殺す、明日も未来永劫も殺し続ける。僕はもう、泣くことが出来ない。

 鬼の夜は明けることがないのだ。

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