見出し画像

幻想メニュー取材録①(小説)

淡雪のクリームと七色のラスク

 私はライターだった。グルメ雑誌「ラリック」で記事を掲載している。
担当は「幻想メニュー」の探訪記だ。この世には、魔法や幻想を使ったメニューが存在している。星屑を散らしたフルーツグラタンや、食べた瞬間、花火の記憶を思い返せるスターマインクッキー。人魚の泪から作られたゼリーは甘く、切ない気分にさせる。
 
 今日、私はとある県の山の麓に向かっていた、雪が降り積もり、日中も氷点下になる場所だ。過疎の村で一箇所、賑わっているデザートショップがあった。小さなイートインスペースがあるショップには、若い男女や、友達同士らしきグループで賑わっている。

「こんにちは。ご連絡した河木です。桜庭さんはいらっしゃいますか?」

 私は名刺を出して、まだ十代らしきショップ店員に尋ねた。すると店員は。

「ああ、ラリックの……話は聞いてます。ちょっと待って下さい」

 店員は他の店員に店を任せ、店の奥、調理場へと向かった。
 私はその間、店を見回す。商品を並べたショーウインドウと、イートインスペース。全体的に木のぬくもりを感じさせる作りだ。赤い花が飾られているので、華やかさもある。

 その中で私は違和感を持った。天井近くに、モノクロ写真があったのだ。集団写真だ。皆笑顔ではあるが、一人だけ真顔でカメラに写っている中学生くらいの少年がいた。

「いやはや、お待たせしました。桜庭です」

 私の背中に声がかけられる。ふりむいて、少し驚いた。真顔で写真に写っていた少年の名残を持つ、中年の男性がいたのだ。あの写真の少年は、どうやらこのデザートショップ「カゲロウ」のマスター「桜庭」のようだった。この方が、このショップのデザートの中でも、最高傑作と言われる幻想メニューも創り上げたのだ。
 私は会釈した。改めて話を切り出す。

「よろしくお願いいたします、さっそくではありますが、お話を……」

 そう言うと、桜庭は愛想良く頷き、先ほど私に対応してくれた店員は、さっそくメニューの品を持ってきてくれた。

 泡雪のクリームと七色ラスク。七色のラスクは、様々なもので漬けて作り上げたラスクだ。だがあくまで魔法や幻想には関係なく作ることが出来る。しかし泡雪のクリームは本当に泡雪を攪拌(かくはん)して作ったモノだ。桜庭はこれを作るために魔法の修行を重ねたという。カメラで何枚も写真を撮る。ココットに入った泡雪のクリームは雪の結晶が見えた。触れればすぐに溶けてしまいそうだが、暖かい室内で溶ける兆しはない。

 桜庭は写真を撮り終えた私に、無骨な手で食べるように勧めた。

「口の中だけでほどけるようにしているんです。食べてやって下さい」

 私はラスクにクリームをつけて、一口食べた。幻想メニューは毎度食べる度に緊張する。高揚感も感じる緊張だ。自分はどんな「幻想」に出会うのだろうと思ってしまう。
 ひやりとした感覚、さらさらと泡雪は私の舌でほどけた。雪のはかなさが舌で再現される……なんだか胸がきゅっとつまされた。まるで大事な記憶が、急に頭をよぎって、それで動けなくなるような感覚だ。

 私がそう話すと、桜庭は少し押し黙った。それから困ったように笑った。

「やはり、思いはにじみ出てしまうんですねぇ」

「どういうことでしょうか」

「私は、どうやら私の思い出を大事にしすぎているんでしょう」

 まるで謎かけの言葉のようだ。幻想メニューは店の秘匿の技術が使われている。製法については聞かないのは暗黙の了解だった。つまるところ、今回の取材で大事なのは、メニューに込められた「思い」と「物語」だ。
 私は桜庭の視線を追った。すると目を細めて、モノクロの写真を見つめている。

「あの写真、少年がいますよね」

「ええ、そうですね」

 桜庭の言葉に頷くと、桜庭は少し恥ずかしそうに苦笑した。

「真顔ですよね……あんなときくらい笑えば良かったのに」

「どういうことでしょう」

「まぁ、ちょっとした思い出ですよ」

 桜庭は昔、この山の奥地にある村で暮らしていた。三十人ほどの村で、中学生まで家族と暮らしていたらしい。しかしその生活は……。

「ダムで、終わったんです。うちの村はいずれは存続することは不可能だったでしょう。年寄りも多かったですし。そんなときにダムの計画が立ち上がって、皆去りました。お金をずいぶんもらったとも聞きます。やがてうちの家も去ることになって、皆で宴会をしました、ずいぶんと雪が積もった日でした」

 少年の桜庭はずっと表情を硬くしていた。村の生活に不満がなかった桜庭には、こんな理由で引っ越すなんて、腹立たしくてたまらなかった。しかし状況を変えることが出来ないということも理解していた。だからどうにも出来なかった。少しでもどうにかしたくても、子供一人の力では、無力だ。

「宴会のときも誰とも話さなくて、写真もあんな顔で撮られて、きっと周りから見たら可愛げはなかったでしょうね」

 そう笑う桜庭の声には少し力がなかった。彼は未だに、何も出来なかったことが悔しかったのだろう。桜庭は話を続けた。

「でね、その宴会が終わって、子供らは先に帰ることになったんです。それで親父と家に帰っているとき、雪が降り出したんです」

「雪が……」

「淡雪でした。うちのところでは珍しい感じがしましたね。それを見てたら、なんか泣けてきて」

 私は桜庭の話を反芻するように聞いた。少年と星空と、淡雪の姿が見えた。

「美しくてね……淡雪だけが私を慰めてくれたような気がしたんです」

 桜庭は目をつむった。

「幻想メニューが作れるようになったとき、私は迷わずこのメニューを作りました」

 桜庭は泡雪のクリームを愛おしげに見つめる。

「昔日の私が見た、あの雪の美しさを見て欲しかったんです。あの美しさは忘れられない」

「……」

 私は取材する手を止め、もう一度泡雪のクリームを口にした。
 雪は舌の上で解けていく。桜庭の思い出を噛みしめながら、私は微笑した。

「おいしい……」

 店主の思い出がこもった泡雪のクリームと七色のラスクは、明るい光の下で、キラキラと輝いていた。

#小説 #掌編 #お菓子

いいなと思ったら応援しよう!

佐和島ゆら
小説を書き続けるためにも、熱いサポートをお願いしております。よろしくお願いいたしますー。