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つまりnoteは、最高ってこと。

毎日noteを始めて、15日目になる。
改めてnoteをやる理由を書いてみたい。

はじめたころ

わたしの今年のテーマは「Try&Output」だ。

このテーマを達成するためのアウトプットのツールとして、最初はnoteを使おうと思っていた。今まで、本は読むが読むだけになっていたので、読書の記録かつアウトプットのためにnoteを書こう。そう思っていた。が、実際始めてみると自分の内面や思っていることを書く方が楽しくなってしまって、今はエッセイの方がメインになっている。

本の話もちょくちょく書いてはいるのだが、ただの本のまとめよりも、本の内容に自分の考えや学んできたことをくっつけることによって、自分も新たな発見ができることが多い。やはりアウトプットから学ぶことは多いなと思った次第だ。

でも、人には言わない。

心の内を直接人に話すのは結構しんどい。

特に仕事の関係の人とか利害関係がある人に話すのは、もっとしんどいし勇気がいる。心に、感情に、正解はないのだけれど、なかなか自分の心情に自信を持って人に話すことはまだできない。多分それは、直接話したときに起こりうる「目の前の人からのイマイチなリアクション」を怖がっている。

以前に、自分の将来やりたいことの話、心理学を学んでみたいという話を先輩に話したことがあった。だが、わたしが思っていたリアクションとはちょっと違っていて、あまり賛同がなく少しガッカリしてしまったのだ。自分勝手なのだろうが「もっと賛同してくれるだろう」思っていた。

でも、noteならどんなことを書いたとしても、読みたい人が読むし、もしいい!と思ってくれたらスキやフォローまでもらえちゃう。わたしの人生にはなかった経験。まあつまり、最高ってこと!

自分としてはnoteには攻撃的なことをかいてる。でもこれが本音。
何もうわべを着飾っていない、ストレートな本当の気持ち。

本音を出すことが、こんなに楽なんだと感じた。自分の心にしまっていた本音の感情を書き出して、言葉にするだけでもスッキリする。さらに「スキ」で反応をもらえると、「これでいいんだ。」と認めてもらえた感覚になる。こんな場は他になかなかない。

答えがない世界は面白い

文章書くのは楽しいし、表現は無限の世界。だから面白い。
同じテーマでも書く人が違ければ、絶対に違う内容になる。

学校の答えが決まっている問題とは違う。誰かに決められた答えを追い求めるんじゃなくて、自分の正解を見つけていく。

わたしは学校の読書感想文の宿題が苦手だった。それは「答え」がわかりにくからだ。算数や歴史のように、定型の答えがない。わたしはとにかく「普通」を逸脱しないよう、「普通の」読書感想文を目指していた。だから答えがわからないもの、わかりにくいが苦手だった。変なことを書いちゃいけない、普通のことを書かなきゃ!って思ってた。こういうこと書いたら普通かな?とか、これはおかしいかな?とか。必死に「普通」に合わせることを頑張っていた。

でも、今はそれが違うとわかる。「普通」なんてものはないし、幻想だ。もう、自分を無理に打ち消す理由なんかない。自分の心が思うこと、感じることを自由に書けば良い。その本の目的とすることと違ったとしても、何か一つでもその本から学ぶことがあったのなら、読んだ価値があるだろう。

noteでも同じ。どんな使い方をしてもいい。

収益化頑張るもよし、自分の心の状態を記録するもよし、読んだ本のまとめ書くもよし。答えはないのだから、自分で決めていくものなのだ。

これから

文章で発信できるようになること。
まずは書く体力をつけるために、毎日note継続していきたい。
一応スキ数、フォロワー数の目標はあるのだけれど、そこにはとらわれすぎず、まずは書くことを継続するところから。毎日継続がんばります!

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