Ⅱ章 彼女の場合-Datura-
「この度は、本当に突然のことでなんと申し上げたら……」
喪服の大人たちが、次々と喪主へ挨拶をしていく。
亮二の遺影を見ずに、そのまま軽く言葉を交わして消えていく。
その姿を見ながら、私も遺族として並んで挨拶を続けた。
――――婚約も同棲すらもしていない男の葬儀なのに。
Ⅱ章 彼女の場合-Datura-
――――赤崎亮二。
彼とは、何年付き合っていたのだろう。もう覚えていない。
付き合い始めたのは、確か高2の頃だった。
「可愛い」、「綺麗」、「美人」、「高嶺の花」。
入学したての頃、私はよく周りにそう言われた。
私は容姿だけを褒められることが気に食わなかった。
だから勤勉で清廉であるように振る舞うようにした。
当時、私が家庭教師と関係を持っていたことも知らずに。
その彼も私に跨ると、私の顔も見ずに身体だけを求め、私を汚し続けた。
彼の持て余した性欲の中に、私への愛は一滴も感じなかった。
何も知らない初心な小娘を躾ける度に満足そうにしていた。
結局のところ、私に求められているのは、美人と言われる顔と清楚な印象、そして綺麗に見える身体なのだと悟った。
なんて薄っぺらい世界だろう。
独りよがりな印象をぶつけて、少しでも違えば傷ついてみせる。
高校1年の終わりにして、私は生きることが嫌になっていた。
誰も私を見てくれない、そう思ったから。
そんなときに亮二と出会った。
軽薄な男だと思った。彼は自分を過大に、そして周りを過小に評価した。
実際に中心選手だったのは知っていた。その一方で仲間に不誠実なことも。
それでも私に向ける気持ちは誠実なのだと感じた。
初恋、というものが本当にあれば、こういうことなのだろう。
周りに不誠実な彼が、私にだけ向ける誠実さ――――
私は、「使える」と思った。
今まで私に対して向けられた羨望。よく話すというだけで自慢する女たち。
汚い眼で舐めるように私を見る発情期の猿たち。模範というレッテルを張る教師たち。
そんな彼らをより嘲笑うには、彼は丁度良かった。
不誠実な彼と付き合う健気な私。見れば、彼らはもっと好感を持つ。
自分たちが勝手に貼ったレッテルの裏で、今でも続いている家庭教師との関係を誰が想像できただろうか。本当に嗤えた。
彼が3年の県大会の試合中にコートから逃げて、私に縋りついてきたときも面白かった。今まで自慢げに話していたプライドが崩れ、脇も目振らずに泣いている姿は無様だった。待ちに待った瞬間だった。
その彼を追ってきたマネージャーが柱の角に隠れて震えていた。
こんな軽い男のどこに魅力があるのか、わからなかった。
卒業間近になって、そのマネージャーがよく窓を眺めていた。
いつか登校してくる彼を待っているのだろう。見ればわかった。
彼のどこが良いのか。やはり私にはわからなかった。
その夜、私は彼と身体の関係を持った。
出来るだけ初心を装って、少しずつ愛を深めようとさせた。
何度も「年上の彼」と肌を重ねた、散々汚されてきたベッドの上で、彼は疑いもなく私を愛した。
翌日、私は彼女に声を掛けた。
「今日、亮二来てるよ」
驚いた顔を返した彼女を見て、また可笑しくなった。
その彼女に対して、私は再び演じた。いつも通り。清廉潔白を装った。
「夏希。私さ。アンタのこと嫌いだった。子供みたいに嫉妬してた。ごめん」
「うん、知ってた」
ずっと羨ましそうに私を見ていたから。
彼女の方が綺麗だと思っていた。私にはない純粋さがあった。
彼女は恋をしていた。曇りのない青春を謳歌していた。
私は、それが心の底から嫌いだった。
大学に入ってから、亮二は私を避けるようになった。
無様に終わった3年間の総括を、彼が出来ていないことはわかっていた。
そのことを指摘すると、彼はいつも逃げるように話を逸らしていた。
私から逃げた先で、彼はいつも朝まで友人と飲み明かしていた。
その夜が増えるだけ、私の身体に「社会人の彼ら」の色が混ざっていった。
ある日、彼が浮気をしていると友人から聴いた。
相手は、あのマネージャーだった。麻生 舞衣だった。
私が一番嫌いなタイプの女だった。純粋、純情、青春の塊のような。
だから私は悲劇のヒロインを演じた。
出来るだけ自分の潔白を装って、正論を重ねて自分のドラマにしてやろう。
それが例え、暴力であっても関係ない。
それなら……。消費されるなら、私も奪おう。
私の横に彼がいないとき、彼の横には夏希がいるのだから。
私が「亮二と夏希だけの時間」を奪おう。
彼と交わる時間の分だけ、私は夏希の幸せを奪うことが出来る。
彼女の口から出た言葉に、私は心から喜びが込み上げてきた。
「そんなことして楽しいの?」
「楽しいよ。いつも愛されてる夏希にはわからないだろうけど」
堕ちるところまで堕ちてくれた。そのことに安堵した。
結局、彼女もこっち側なんだと思えた。
就職して3年目、亮二から同棲の話を持ち掛けられた。
私はあり来たりな言葉で断った。もう少し遊んでいたいと思ったから。
彼の出張頻度は、その辺りから増えていった。
私は、別になんとも思わなかった。
相手が舞衣だろうが誰だろうが。
その分の時間を他の相手に充てるだけの話。
夜を過ごす男には困らなかった。
――――そうして今に至る。
我ながら、根性の悪いオンナだと思う。
こんな日でも、長年連れ添った彼に対して何の感情も湧かない。
悲しそうな顔をして、親族に気を使って、今日を終えればいい。
「ご愁傷様、夏希。大丈夫か」
ハルだった。
私は、彼が嫌いだった。
病気の彼女のために医者を目指すという絵に描いたようなストーリー。
そのために努力を惜しまない。相手を敬い、偏見をしない姿勢。
――――視界に入るだけで吐き気がする。
「あぁ、うん。ありがとう。亮二も喜ぶと思う」
当たり障りのない返答でやり過ごす。
慧や隆も続いた。
彼らにも同じ言葉を繰り返す。
「今回は突然のことで気持ちの整理がまだ付かないと思います。心よりお悔やみ申し上げます」と言って、ひとりの男が深々と遺族に挨拶をしていた。
「純君、来てくれたんだ」
「なっちゃん、久しぶり。大変だろうけど、心を強く持って」
「ありがとう。亮二も純君が来てくれて喜んでくれると思う」
「……そうだと良いな。じゃあ、忙しいだろうからこれで」
彼が通り過ぎて、私は胸を撫で下ろした。
昔から見透かされたような眼で見られている感じがした。
そして時折、その視線は酷く冷たかった。
「良かったね、なっちゃん。これで不便なオンナになれたよ」
――――耳元から聴こえた声は、やはり低く、そして冷たい。
その声の中には、憎悪と嘲笑、皮肉、そして何より嫌悪を感じた。
じゃあ、と言って、去る彼の姿に背筋が震えた。
彼はやはり怖い。底の見えない感情の深度。見透かされるような眼差し。
なんで私がそう見えたのか。
怖い。装いたい。今からでもすぐに。
私は斎場を出て、彼を追った。
「待って、純君。さっきの言葉どういう意味?」
「言ったままだよ。自分が一番わかってるでしょ?」
「いくらなんでも失礼じゃない?」
「失礼なのは、なっちゃんだと思うよ。亮二にも舞衣ちゃんにもね。だって――――」
「今までふたりのこと、利用してたよね」
「なっちゃんが二股してたの男子は、皆知ってたよ。県外でデートしてるところを何人も見てる。それに卒業前に舞衣ちゃんけし掛けたでしょ?あのとき、舞衣ちゃんのバッグ取りに行ったの僕だから。用事があって体育館に行く時に出会って事情聴いた。まぁ、その前からなんとなくわかってたけど」
「……なんで?」
「まじめな人ってさ。少なくとも2種類いるんだよ。正しくあろうとする人と正しさを装う人。正しくあろうとする人は、ハルのような人。自分の役割を探して全うしようとする。なっちゃんは、正しさを装う人。真面目に見せるために、正論や模範を顔に貼り付ける人。成績が良くて、皆が喜ぶ愛想を振りまいて、面倒な彼氏を支える健気な女を周りに見せて……正しさを装ってたように感じた」
「いつからわかってたの?」
「うーん、難しいね。亮二と付き合ってた時にはもう、かな。そのあとすぐに二股の話出たから、あーやっぱりって」
「……亮二も知ってたの?」
「ハル以外は知ってたよ。知ってて、なっちゃんと付き合ってたんだよ」
「……なんで?私が他の男とセックスして、裏で彼氏を嗤ってるような女でも良かったの?」
「そこは知らないけどさ。……言ってたよ。それでも好きなんだってさ」
「あの日、体育館に行ったのは、亮二と会うためだったんだ。その途中で舞衣ちゃんと会って、校門まで送って。それから亮二に事情を説明した。本人も薄々、なっちゃんがやった事なんじゃないかって思ってたみたいだった」
ぽつり、ぽつりと雨が降り出す中、彼は曇り空を見ながらなおも続けた。
雨粒なのか、それとも彼自身の涙なのかわからない。わかるのはただ、彼の肩が震え、抑えきれないほどの怒気を声に込めていたこと。
「なっちゃんってさ。引くくらい気持ち悪いオンナだよ。恋人まで利用して、他人を嗤う生き方さ。――――そうしないと自分を肯定出来ない。正直、かなりイタい女だと思う。まさか、他の男がいつまでも相手してくれるとか思ってる?互いをモノとしか見てない関係って脆いよ?好きに生きればいいと思うけどさ。頼むから亮二の墓には来ないで。あそこに行くべき人は他にいるから。あぁ、あと――――」
「アイツのことはもう嗤うなよ、馬鹿女」
彼は、ひとしきり想いを吐き出して歩き出した。
今まで見せたことのない表情と言葉、感情を黙って聴くしかなかった。
その場を後にする彼をぼんやりと眺めながら、次第に濡れていく喪服の感覚だけが分かった。
だからと言って、どうするわけでもなく、どうしようとも思わなかった。
行き場のない名前のない感情だけが私を包んでいた。
私は愛がわからないまま、彼に愛されていたらしい。
今更、どうしろというのか。そんなことを言われたところで……。
――――ここで泣けば、悲劇のヒロインにでもなれるのだろうか。
雨に打たれながら、そんな考えが浮かんだ。
やっぱり私には遠い感情なんだと思った。
私は、私を見て欲しかった。
なんて不便なオンナだろう。
淡々と降り続ける雨はより一層、心を冷たくさせた。
『不便な可愛げ feat. アイナ・ジ・エンド(BiSH)』by ジェニーハイ
夢ばっかり大きくて
他人の失敗喜んじゃう
今日もアイスは美味しいし
タピオカにも並んじゃう
不毛な時間によく妄想する
私の中の私
見境なく惚れられる世界線
私がナンバーワン
不便よ 不便よ 不便よ 不便よ
私の可愛げは
そんなことをのたまう私は一級品
敬いなさい
寝ても 寝ても 寝ても 午前中
だったらいいのにな
まだまだ私、楽しめるはずのオンリーワン
パリラリラリラリラ
そつないあなたの幸せを
妬んだあの子とさよならよ
ラブラブストーリーなら今日も
私の心の目で見るの
牛タンラーメンチョコ増しで
夢にありがちなデタラメな注文
可愛い私は太らない
味がどうかはわからないけど
見境なく惚れられる世界線
私がナンバーワン
不便よ 不便よ 不便よ 不便よ
私の可愛げは
そんなことをのたまう私は一級品
敬いなさい
寝ても 寝ても 寝ても 午前中
だったらいいのにな
まだまだ私、楽しめるはずのオンリーワン
do do
黒髪ロングと黒髪ボブより
金髪ショートが似合いたい
人生残りの何十年
幸せの余韻続け
I know I know I know I know
私は可愛くない
されど一度目を瞑った先には
儚げなガール
便利なロンリーより不便な可愛げ
私が欲しいのは
do do
オンリーワン
do do
ナンバーワン
『不便な可愛げ feat. アイナ・ジ・エンド(BiSH)』by ジェニーハイ
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