嬉野茶の新たなチャレンジ。茶畑オーナー制度が茶農家の未来を後押しする
嬉野温泉 旅館大村屋がお届けする「嬉野温泉 暮らし観光案内所」にようこそ。連載のために月に1度は必ず嬉野温泉に泊まっている、ライターの大塚たくま(@ZuleTakuma)です。
今回、取材でやってきたのは、きたの茶園さんの茶畑です。きたの茶園さんは、有機栽培のうれしの茶の生産・製茶・販売を行なっています。
しかし、茶畑にはお茶の木が一切ありません。なぜなら、今日はお茶の苗植えの作業に来ているからです。
茶農家でもない我々が、なぜ苗植えに参加できているのか?
じつは今日集まっているのは、きたの茶園さんが新たに始める「茶畑オーナー制度」のオーナーの皆さんなのです。
実は、旅館大村屋もきたの茶園の茶畑を1区画購入しました。
「茶畑オーナー制度」とは?
茶畑オーナー制度では、きたの茶園がもつ茶畑の区画を購入でき、茶畑オーナーになることができます。
茶畑オーナーは茶畑を企業ブランディングに活用できるだけではありません。きたの茶園の茶畑は30年以上前に有機栽培に切り替えており、長期間にわたり有機栽培を保持しています。これは全国的に見ても、たいへん貴重です。
それほど貴重なきたの茶園の茶畑の一角を独占でき、お茶が成長した5年後あたりをめどに、有機栽培のおいしいお茶を独占的に購入可能となるのです。
「うちの茶畑」のお茶を使った、いろんな企画ができそうです。面白そう。「うちの茶畑」って、言いたい。
──旅館大村屋でも1区画を購入したんですね。
真っ先に購入させていただきました。少しでも茶農家さんの支援になればと思って。
──お茶農家さんは支援が必要な状況にあるんですか?
お茶は無農薬に移行しないと輸出できないという課題を抱えています。それに、無農薬でないと高単価になりづらいんです。ただ、無農薬に移行するのはけっこう大変でして。
──なるほど、無農薬への移行が求められているのか。知らなかった……。
無農薬の移行には時間がかかります。お茶がとれるようになるまでに、5年程度かかるからです。その期間を支えてくれるのが、茶畑オーナー制度なんです。
──茶畑の無農薬への移行期間を茶畑オーナーで支えることで、茶畑の存続をサポートできるわけですね。これは重要だ。
今日はその茶畑オーナーが集まっての苗植えというわけです。茶畑の改植って、50年に1度しかない作業で貴重なんですよ。
──たしかに。一度植えた木でずーっと収穫していくわけですもんね。これは貴重な作業だ。
改植作業で活躍する謎の「苗植え専用スコップ」
それでは、お茶の苗植え作業のスタートです。北野さんより、苗植えに使用する器具の使い方を説明していただきます。
皆さんにはこのスコップを使って、お茶の苗を植えていただきます。
これはお茶の苗植え専用のスコップなんですか?
そうです。最初は鍬を使って掘って、そこに苗を植えていたんです。でも、これの方が簡単なので、今はこれを使っています。
──どんなふうに使うんですか?
二人でペアになっていただいて、まずはスコップをグッと足で踏んで地面に突き刺します。グッと踏んでいいです、グッ!と。
こうですか?
そうです。そして、このスコップを突き刺した後に開きます。すると、穴が開くので、そこに苗を入れます。
──スコップから苗を入れられるようになっているのか。
苗を入れた後で、地面の穴からスコップを抜くと、自然と苗に土が被ります。
──すごい。めっちゃスムーズに植えられた。
今は土が被っただけの状態なので、苗の周りの土をしっかり押さえてあげる。これで苗植え完了です。スコップを突き刺す人と、苗を入れて土を固める人のペアで作業をすると、スムーズに進みます。
それにしても、すごいですね、このスコップ。
──50年に1度しかない作業なのに、専用の器具があるなんて。……これは50年ぶりに取り出したってことですか?
いえいえ、さすがにそれはないですよ。お茶農家さんたちで貸しあって、回して使っています。
──なるほど。そういうことなのか。
自分の茶畑に苗を植えていく
旅館大村屋の茶畑にも苗を植えていきます。北川さんと旅館大村屋スタッフの寺嶋さんのペアで、苗植えを進めていきました。
この苗が数十年後には自分達の次の世代が担う、大切なお茶の気になると思うと、この作業の重要性を実感します。
ぼくも実際にやってみましたが、あの専用スコップのおかげで想像以上に簡単。でも、回数を重ねるにつれて、どんどん体力が削られていきます。
とくに、苗を植える人はしゃがんで立ってを繰り返すので、なかなか下半身にこたえます。
そして、とにかく広いんです畑が。ここに全部植えるって、気が遠くなる。いつ終わるのだろうか。
………。
……ぼくはちょっと手を止め、もう少し茶畑オーナー制度について、お話を聞くことにしました。サボってるわけではありません。取材です。
発案から2週間!スピードの裏にある「嬉野茶時」
茶畑オーナー制度をいっしょに進めた、和多屋別荘の小原社長にもお話をうかがいましょう。
──茶畑オーナー制度、かなり画期的な取り組みだと思うんですが、どのようにスタートされたんですか?
茶畑オーナー制度の発端は、きたの茶園が改植を行う予定があると知ったことですね。
──改植の予定は元からあったんですね。
最初は「一緒に苗植え作業をしてもいいですか」という話だったんですが、どんどん話が展開して「苗植えしたお茶だったら、自分たちで使うよね」と。
──たしかに。今日自分で植えたお茶、飲んでみたい。
そこから、擬似的ではあるけれどもオーナーになるのはどうかという話をさせていただいたところ「いいよ」ということだったので、実現しました。
──その後、オーナーを集めるのに苦労されたんじゃないですか?
まずは北川さんが「買います」とすぐに手を挙げられて。その後、一気に12区画が埋まりました。
──一気に埋まったんですか!それほど、お茶農家の重要性や価値が認識されているんですね。1区画、いくらだったんですか?
1区画、年間5万円です。
──意外とお手頃プライス。5万円で茶畑オーナーですか。
みなさん、何年後に何グラムのお茶が取れるのかがわからないまま、購入されました。放棄されている茶畑から消費金額が上がっていけば、今後お茶の量を増やしていけます。
──この茶畑オーナー制度の話が出たのは、いつ頃だったんですか?
2週間前ですかね。
──……は? 2週間前?
だいたい、ぼくらはそういうスピード感です。
──やばっ。2週間でこの苗植えの会にこぎつけてるんですか。すごいな……。画期的なのに。
これまでのお茶に関する勉強会や、関係性などがあってこそですけどね。茶畑オーナー制度自体は、たしかに2週間なんですが、それ相応の積み重ねがありますよ。
──こんな企画がスムーズに進むのも、嬉野茶時で築いた信頼関係や経験があったからこそなんですね。
嬉野茶時がなければ、そもそも「うちの茶畑に、別のオーナーがつくなんて嫌だ」という発想になったかもしれません。
──たしかに。他の地域だったら「えー。茶畑オーナー制度なんて、大丈夫かなあ?」と考え込むだけで、2週間くらい簡単に経過しそうです。
そうですね。2週間と言うと2週間なんですが、そうそう簡単なことではないのが実際ですね。
この茶畑は、お茶の買い手も決まってるというのも重要なポイントです。年間5万円はあくまで、茶畑オーナーの権利。できた茶葉は、自分で買わなければなりません。
言うなれば、おそらく嬉野で初めてのオーダーメイドティーです。ぼくらも、オーナーが茶葉を買うからお茶を育ててほしいとお願いしているわけですね、お茶農家さんに。
──なるほど。お茶農家さんも安心して栽培できるということですね。
本来、新しく植えた苗はどんな味の茶葉がとれるかわからないので、お茶農家さんは不安になります。味に不安があるので、市場にも出したがらない。ましてや、旅館の客室に……なんて言えない。
──そんなお茶なのに、なぜオーナーは買う意思があるんですか?
逆に「お茶農家さんが不安なお茶はどんなお茶なんだ」っていう興味と、そんなお茶を味わえる価値ですね。そして、ここからどんどん美味しくなっていくわけなので、ストーリーを楽しむためには、むしろ最初こそ買うと。
──自分の茶畑だからこそ、美味しくなっていくのを楽しもうと言う人が出てくるのか。面白いですね。ストーリーまで知ると、楽しい。
やはり嬉野茶時という、ベースがあるから買い手がすぐに見つかっているし、お茶農家さんも取り組んでくれているんですよね。行政や組合の主体ではないのが、面白いところです。
──単なる「やりたい人」の集まりなんですよね。嬉野はそこが強いよなぁ……。
嬉野の積み重ねを考えると「必然」の企画
──北野さんは、茶畑オーナー制度のお話を聞いて、最初はどのように思いましたか。
面白い話だと思いました。これまでは50年に1度くらいの間隔で改植をしないといけないとわかっていても、なかなかできずにいたんです。先が見えにくいので……。
──植えてからすぐに収益が得られるわけじゃないですからね。あまりにも投資先行すぎる。
だからこそ、2週間前に話を聞いたときは「なんて画期的なんだ」とワクワクしました。
だから、これまでは改植に対して、腰が重かったんですよね。
実際はこの改植も10年越しの計画なんですよ。それぐらい、茶農家にとって「改植」というのは、慎重になるものなんです。
そうですよね、いろいろ考えますよね。
今植えているこの茶畑が収益を上げるようになるのは、僕たちの子どもの代なわけですからね……。本当に収益が上げられるのか、というのは考える部分です。
──今回は先に売り手が決まっているから、安心感があるのではないでしょうか。
売り手が決まっている安心感はもちろんありますね。だからこそ、もっと面白くしたいと思っています。オーナー様専用の空間とか、何かを提供してみたいですね。
──次の展開を考えるきっかけになっているわけですね。そもそも、改植をするかどうかを悩んでいたところからすると、全然違いますね……。
こういったモチベーションは、嬉野茶時の積み重ねがあって、培ったものです。だから、茶畑オーナー制度も2週間でできたものではなくて、積み重ねの中の必然だったのかなと思います。
──嬉野茶時をやってきて、一番変化したのはどんな部分ですか?
嬉野茶時をやる前は、新たなことをやろうとしても「そんなの無理だろう」とか「できるわけないじゃん」という思考が茶農家全体に強かったと思います。でも、今は新たなことも「面白そうだね」と思うようになりました。
──スタンスが180度変わってますね。嬉野茶時がもたらした影響は大きいなあ……。
「どうしたらやれるかな」「やるためにはどうすればいいだろう」と考えるようになりました。
実際に少しずつ結果が出ているのも、大きいですよね。少しずつ可能性が見えるようになってきましたから。
それにしても、今日は改植史上、もっとも茶農家の割合が低い改植なんじゃないですか?
多分そうですね。こんなに異業種の方に手伝ってもらったことはありません。普段は、茶農家同士で手伝いあっているんですよ。
──けっこう、もうみんな手慣れてきていますよね……。
この人数でやるとけっこう早いですよね。予定よりかなり早いんじゃないですか。
午前中に終わればいいほうかな、と思ってたんですが、始めて1時間でもうほぼほぼ終わっていますね。
そうこうしている間に、苗植えはあっという間に最後の一本に。最後の一本は、二代目の北野孝一さんの手作業で。
そして、無事に全ての苗植え作業が終わりました。みんなでやればあっという間でしたね……。
茶農家だけでなく街で茶畑を守っていく
これからの未来のことを想うと、苗植えの作業は神聖な作業だと感じました。まさに、未来への苗を植えている。このような経験をさせていただけたことに感謝です。
茶畑オーナー制度が、今後どのように発展していくのか楽しみです。
きたの茶園の有機栽培のお茶はインターネットでも購入できます。ぜひ一度、公式サイトをご覧ください。
「嬉野温泉 暮らし観光案内所」次回もご期待ください。
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