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心の岸辺に、ゆらめく破片。

紙の手ざわりを指先に残したまま
詩集を閉じる
閉じられた本の中で広がる世界と
そのまわりの
たっぷりとした余白をまなうらに
浮かべながら
冷たい風が吹くおもてに出ていく

肌にふれる風は鋭く
雨混じりの雪が舞う
時おり雲の合間から
陽差しが降り注いで
雪を光に変えていく

白い粒が風に乗って流れるのを目にして、
この光景をずっと見ていたい、と思った
でも、この光景はもう二度と見られない、
という声が、心の奥底でさざなみを描く

今このときは、ここにしか存在せず
一瞬の後に全てが過去になっていく

儚いからこそ、綺麗だと感じるのかな
心の中で呟くと、話し声が耳を過った


「これが無いと生きていけないと思うものって、何?」

チョコレート。
生クリーム。
食べものばかりだと、笑いあって。
毛布かな。

では、わたしは…?

それは何気ない雑談の中での問いかけ
いろとりどりの声が思い思いの答えを
口に出して、賑やかさを増す場の中で
深く考え込んでしまいことばを濁した

睫毛の先に雪片が乗って
問いの答えを見つけ出す
うつくしいものが無いと
わたしは生きていけない

けれど、うつくしいものが
目の前にあっても、それに 
魂を惹かれないことがある
去りゆくもののように硬く
冷たくなってしまった心は
うつくしいものを感受せず  
微動だにもせず立ち尽くす  

不意に思い出した幼い頃の記憶
なんの前ぶれもなく、わたしは
本当に生きているのだろうかと
そんな疑問が降って湧いてきて 
自分が生きている証はどこにも
無いと気がつき、漆黒の闇の中
ひとりでことばをなくしていた

失語の時の間が
溢れ落ちてくる
金色の光の前で
思いがほどける

朝の光に照らされて
紅の花弁が艶めき
咲き誇った後に
朽ちて頽れて
土に還って
眼の中に
残った
幻の
姿
其の
刹那の
煌めきを
透明な歌と
愁を纏う詩と
翳を帯びる絵に
面影を重ね合わせ
永遠に心に刻みたい

花の前に佇み
芳しい香りと
麗しい色彩に
心を震わせる

遥かな時の中
束の間にしか
存在し得ない
彼我の互いに
奏で合う音色 

その音に耳を傾けるとき
ここに在ることを実感し 
その音が終に消えるとき
あとかたもなくわたしは
空に昇る一筋の煙となる

全身が波に攫われるような
うつくしいものとの出会い
玉響の輝きを鏤めたような
よろこびは手にふれた途端
雪のようにかたちを無くす

それでもそのよろこびを
望むことを諦められない
手を伸ばし続けることが
羽を喪った者の自由の礎





舞い散る雪を眺めていると
脈絡もなく様々なことが
心の岸辺に打ち寄せられる。
数日前に職場で交わした会話と
幼い頃に感じたゆらめきが
同時に脳裏に甦り
目の前の光景に見惚れながら
今がいつなのか分からなくなった。
そんなときに浮かんできたことばたち。



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夏樹
最後まで読んで下さり、ありがとうございます。 あなたの毎日が、素敵なものでありますように☺️