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自由詩

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記事一覧

雷鳴

雷鳴のとどろく草原を歩いている一匹の獣のような目。その目だけがあり、雷鳴を聞いたことはなく、それは草原ではない。

木立の間を細い尻尾が揺れ、あなたはむかし見た振り子時計を思い出す。しかし、そのような記憶などなく、木立の間にはあなたが立っているだけだ。

てのひらでゆっくりと回り始めた方位磁針があり、誰もがそれを止める術を知っている。ただ誰一人として止めようとせず、止める方法も分からない。

振り

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平熱

旅をしていたことがあったと思う
生乾きのサバンナ
を遊泳している裸眼で
禁足地をあらう雨
をはるかに見やる
花見へ急ぐ
ひとびとを抜ける
ときに感ずる身熱の橋を
わたり奥歯のひかりとする
ひとびとに告げて回る
ここより先は、ここより先は
陸橋の崩れる音がして
わたしたちの平熱を
かえしてほしい

すずな
すずしろ
三月のままで
ねむることができないのは
わたしたちのうつくしい怠慢
あるいは密約

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小景

坂の上から斜面に沿って
流れている光の
途中で果実が実り
ごろごろという音に変わる
見ている者の存在を
対岸に感じるが
もう誰もいないだろう

月面へ向かって
開いている窓の
いつから開いているのか知らないが
風よ もう閉じてもよいと言う
林の奥へ羅針盤を埋めなおし
ここへ戻ってきてもよい

架空と虚構とにまたがって
横たわる鰐の死体を
四つ辻に見ていた
事件でも事故でもないと警官は言い
川がない

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詩 Q

  どこへもいけない
  どこへもいける
  ここからできるだけとおくへいく
  ここにいるままで
  ここにいるままで

夜明け前
廃棄されたコインランドリーの数々が
街の外縁を形作っている
その稜線は
あざやかなままで
あざやかなままで枯れてゆくから
わたしたちはいつも
夕景が画布を隠していることに気づかない
それでいて
徒歩のような
日々の鈴なりにどこか退屈しているのは
もどかしさでいっぱい

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街と海

夕日の巨大な親指が
尾根を下ってこちらへやってくる
もうじき
環形動物の夜なのだ
そっと輪郭を書き留めている
書生のまなざしなのか
それとも
日記を焼く二日前なのか
それは分からないが
落ちている眼球のさみどりは
もう誰のものでもない

  街から海へとつづく一本の道があり
  一本の道だけがあり
  この街の誰も
  海へ行くことがない
  なぜなら
  すべてのものは海からやってくると
  街

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海食崖

あなたの喉元に降りかかるそれは
決して綿雪などではなく
何もない海食崖
ただ正視をつづけるわたしたちの
声が消え尽きてしまう地点から
西日が低く落としている眦
その海岸線に沿ってたくさんの
過去を持たぬ生き物が
歩いている
その目のいろ
あれはわたしの目だ、と思った

あなたの耕していった
なだらかな果樹林を抜けるとき
おなじ歩幅で
あるいはおなじ文法で
昨季降らなかったぶんの雨が 沈殿する
ここ

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Saw?

そこへ印字されている隷書が
読めなくてもいい、だから
閉架の奥で何がこごえていたのか
誰にも気づかれないように
教えてほしい
すべてが恐ろしくなるくらいにゆっくりと
唇の動きだけで
教えてほしい
ゴースト
扉の向こうから合図の音がしたら
そのときはためらいなく開けてほしい
すべての未来がうららかにきしむくらい
勢いよくあばいてほしい
ねえゴースト
それは黙字だ
直前で発声をやめてもいい
だから代わ

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水平線

涙で浮上した水平線のうえへ、ちいさな笹舟を浮かべ、そうすることによってのみ、世界を征服することができるという確信を、いま一度深めてみよう。にじんだ水平線が徐々にほつれてゆき、行き場を失った体積が再びあたらしい海面をつくろうと、波頭のなかで終わりのない握手を求めている。岸壁の下に手を伸ばして、恐怖までの水深を推し量ろうとするならば、袖を浸す前に暫定的な覚悟を決める必要がある。例えば、私が膝を抱えて浅

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夜明け、化膿しかけた肩のうずきが、狭すぎるゴムのトンネルのようになってぼくをしめあげた。不快なしびれが、口のまわりに楕円形の輪をつくる。昨夜、何にあれほど驚かされたのか、もうよくは思い出せない。夢のなかの駈け足。時間が過熱し、燃えつきる。息もたえだえに、こよりの先にぶらさがってふるえている、赤い線香花火の燃えかすのようだと思う。すべての光景から、棘が抜け落ち、すべすべと丸っこく見える。ほら、猫が一

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東の干潟

東の干潟に存在する無数の三角錐や、それを見守るようにして配置された二十三の鳥居、それらを見下ろし南中をつづける瓜のような太陽は、いったい誰のために用意された墓標であったか。その答えを見つけることができぬまま、私は十七度目の春の夜を迎え、いつしか真昼の月の幻覚を見るに至った。真昼の月と真昼の太陽を見分けることができなくなったのは、果たしていつのことだったろうか。あの日、東の干潟に甲殻類の骨片を集めた

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参道

幾日も前から、私は骨のように白い石段を上りつづけていた。朱に染められた鳥居の一群が正確無比な間隔で立ち並び、蔦に覆われた伽藍の存在をその先に予感させた。傾く日の光を背に受け、額から一筋の汗がしたたり落ちる。忘れ去られた信仰は、夏の木立のなかで猫のかたちをして眠っていた。

誰かが夜闇に放った錦鯉の群れが、廃止された参道に沿って夜ごと徘徊している。彼らのその模式的な参拝が、あるいはその瞳が放つ鈍重な

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群衆

世界を滅ぼす衝動にとりつかれた人間が最初にすべきことは、カーテンを開いて、眼下に広がる海のような群衆の目を、一人一人の目をよく確認することである。彼らの目に映るのは、私でも、あなたでもない。銅貨を詰めるためのほこりっぽい皮袋や、荷を運ぶために揺れる馬の肩。ひづめの音がひびく曲がりくねった街路には、チョークで描かれた黄色の汽車が走っている。問題を先送りしつづけていたのは一体誰だったのか。いま一度考え

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逸脱

空気の澄んだこの山小屋では
とおくの白色都市から送られてくる衛星信号が
ノイズなくよく聞こえる。
私たちは毎朝
無彩色の森にひびく野鳥の機械音声のなかから
衛星信号を聞き分け
それを記録する。
記録した信号に重要な暗号が含まれていると
私たちは信じていた。
しかし、私たちの誰一人として
その解読に成功しなかった。

ふねを持たない私たちは
この島から出ることはできず
そしてこの山から下りることもな

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終点

永久氷床でつくられた砂糖菓子のかけらをひとつ、口の中へ放り込む。
腹の底が一瞬ひんやりとする。その後、口の中に鈍い甘さが広がってゆく。
私は首に下げた双眼鏡で海面を眺め、手早くスケッチをとりはじめる。
(本日の冬空は快晴、風はよわく波はおだやか、湾内の永久氷床の数は百三十二・・・)

遙か遠くの大地で溶け出した永久氷床は、多角形の断片となって洋上へ漕ぎ出し、海流に乗って移動を始める。
やがて、この

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