群衆

世界を滅ぼす衝動にとりつかれた人間が最初にすべきことは、カーテンを開いて、眼下に広がる海のような群衆の目を、一人一人の目をよく確認することである。彼らの目に映るのは、私でも、あなたでもない。銅貨を詰めるためのほこりっぽい皮袋や、荷を運ぶために揺れる馬の肩。ひづめの音がひびく曲がりくねった街路には、チョークで描かれた黄色の汽車が走っている。問題を先送りしつづけていたのは一体誰だったのか。いま一度考えてみる必要がある。私も、あなたも。

数十年に一度の頻度で、おそろしい災厄をもたらすと思われるほどの、ひどくただれた夏があり、そのような夏を滅ぼしてしまわねばならないという妄想に、私たちはとりつかれた。夏の前には冬が存在し、冬の前には夏が存在する。本当に夏を滅ぼすためには、呪詛のように回り続けるこの季節をまるごと、滅ぼしてやらねばならないと誰かが言った。他に選択肢はないように思われた。

錦花鳥の鳴く朝に、馬のいななきが合図だった。広場を囲む十四の尖塔が南から順に崩れ落ちると、驚いた鳥たちが街の八方に飛び去って、その先でただちに火の手が上がった。誰かが吹いた笛の音が、暗渠を通って町中にこだまし、私たちは手に手に旗をとって、はじめて知る朝のにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。私たちは不健康な確信を互いの目の中に認め合い、そしてそれを約束のための約束へと変えていった。

食糧庫を焼く煙が星空を覆い隠した夜、私たちは光源をもとめてさまよい歩いた。あの場所を、時計のいらない空間に変えてしまったのは、一体何のためだったのか。いま一度問うてみる必要がある。私も、あなたも。手向ける花さえなくなった岩石砂漠を前にして、私たちは、いや、私は、逃げ出したのだ。

錦花鳥の鳴く朝に、私は一人だった。友の安否を知らせる手紙を受け取ったとき、地平線の街にあたらしい煙が立ち上るのを見た。この場所には、目撃する権利を与えられた人間も、目を背ける権利を与えられた人間も存在しない。私は返事を書くのを諦め、枕元に書き捨てた宛先のない手紙の束に目を落とした。いま左手に握りしめた書きかけの手紙が、思い出すことのない幻肢痛に向かって小刻みに震えはじめ、私たちはもう一度相対するのだ。その震えだけを頼りにして。