ジャック・ロンドン著『火を熾す』
火を熾こす To Build a Fire
ジャック・ロンドン Jack London
訳:柴田元幸
短編小説の名手ジャック・ロンドンが、今から100年前に綴った、極限下の人間の姿。カナダ北部、華氏零下50度の世界で一人の男が単独踏破を試みる表題作「火を熾す」など全9篇の短編が、美しい翻訳で収録されています。描かれるのは、過酷な永久凍土で感じる恐怖や狂気、孤独、生への執着、死を受け入れる瞬間、すべての生き物に共通する厳格な「生の掟」。
私が極北の地に行くきっかけになった本です。
柴田さんの美しい翻訳が活きています。
私は学生時代、1年間カナダへ留学していました。5月まで雪が残り、8月には再び雪が降る、そんな地です。
冬の最低気温はマイナス40度にもなります。外に出ると、わずかな涙が凍って、上まつげと下まつげがくっつく、そんな世界。まさにあの、「濡れたタオルを振り回すと凍る」世界。
冬の朝は11時ごろまで暗く、午後3時にはまた暗くなるのでメンタルがやられることもしばしば。住んでいた頃は、同じ寮で自殺した留学生もいました。
この短編集は、私が極北の暮らしや、その独創的な芸術に惹かれるようになったきっかけの本です。
極北の先住民族たちは、圧倒的な自然の中で、生と死に対する特別な感覚を共有してきました。例えばイヌイットが創り出す芸術は、人と自然との神秘的な繋がりによって成り立っています。私はやっぱり....生と死、怖いもの、極限の世界が大好き。
1年間の留学、という経験がなければもうこのような厳しい北の地に住む機会はないと思った私。
肉眼で見える雪の結晶、砂のようにサラサラで雪だるますら作ることができない雪、野生のヘラジカ、焚火の美しさ、肺の中を洗浄してくれる最高に冷たくてフレッシュな空気…何を思い出しても、美しいカナダに留学してよかったなあと思っています。
冬になると、いつもこの本を読み返します。
寒い日におすすめの本です。
部屋の隅に飾ってある『火を熾す』を見て、カナダでの日々を思い出した朝でした。