【魔王と暗殺者】私と彼女の人生は儘ならない。【[It's not]World's end】
一章【呉 理嘉 -転生-】
【転生】1歳 パパと侍女と
「ぱぱー。うぁだ、うぁれないかなー?」
パパの膝の上にちょこんと座る私。
そして私を後ろから抱っこして一人掛けのソファに腰を沈めるパパ。
背中をパパに預け顔を上げると、私はたどたどしい喋り方で問い掛けた。
「うーん。きっともうすぐさ。ネイルはお姉ちゃんになるのが楽しみなのかい?」
「うんっ、たのしぃー」
楽しみ。そう言いたいのだけど、どうにも"まみむめも"の発音が苦手だ。
舌足らずな言葉でしか話せないのは歯痒い。
ママにはちゃんと通じるけど、パパはたまに「ん?」と聞き返してくる。
どうしてママには通じてパパには通じないんだろう。不思議だ。
「ネイルは1歳。それに今日でお姉ちゃんだ。……早いなぁ」
そうパパが感慨深げに呟いた。
"ネイル"それが、この世界での私の名前だ。
こちらの世界では『祝福』という意味の言葉らしいのだけど、前世では『爪』だったから何だか名前として呼ばれるのはしっくりこない。
それでも一年中そう呼ばれるのだから、いい加減慣れはしたけど。
ちなみに、私をネイルと呼ぶのはママとパパの二人だけ。使用人の人達は私のことを姫様、またはお嬢様と呼ぶ。
一部では『黒の君』と呼ばれているらしい。
私のお昼寝の時間に、ぐっすり寝入ったと思った侍女の一人が私の頭を撫でながら呟いているのを聞いた。
これは私の髪と瞳の色が黒色だからだと思うのだけど、どういう意味でそう呼んでいるのかはよく分からない。
嫌みや私の容姿への侮蔑の意味は含んでいないようなので、特に悪い気はしない。まぁ、そっちの意味があったところで私は気にしない質だから構わないけど。
私はまだ上手に話すことが出来ないので、特別親しい使用人もいない。もっとお話して仲良くなれば名前で呼んでくれる人も出てくるのだろうか。
そう言えば一人だけ、親しい、と言うか距離が近い侍女がいるのだけど、その人は私ではなくママの侍女だからいつも私と一緒にいるという訳じゃない。
今も、ママの側にいるのを私は知っている。
「ままがとなりのおへやはいってだいぶたつねー。うぁだかなぁー?」
「きっと、もうすぐだよ」
パパがにこりと笑う。
私達二人は、もうずいぶんと長く待っていた。
ママが分娩室――と言っても専用の部屋ではなく隣り合わせた寝室の一つを無菌環境に調えただけだが――に入りもう3時間が経つ。
私とパパは二人きりで隣室にて待機。
それにしても、ただ待機するだけの部屋が学校の教室くらい広いものだから、ぽつんというオノマトペが私たちの頭上に描かれているのではないかと疑ってしまう程の寂しさを感じる。
加えて部屋を飾る調度品は某放送協会の宮殿特集でしか見たことのないような物で、はっきり言って無駄に豪奢で息苦しい。
何で部屋に壺とか飾ってあるのだろう? やっぱりお金持ちはそういう物を集めるものなのかな? 私にはちっとも理解できない感性だ。
しかも、中身こそ窺い知れないが壺からは何やら淀んだ空気が放たれているように見える。
いや、確実に明らかに何か放たれている。淀んだ謎の気体が壺からもわもわと漏れ出ているのが見てとれる。
アレはちゃんと安全に配慮された物なのだろうか。
まさか息苦しさを感じるのってその気体のせいじゃないよね?
まだ私は一人で歩いて回れないのでこの部屋に入るのは今日が初めてなのだけど、きっと普段は使われていない部屋なのだろう。パパとママのセンスではなさそうな物がちらほら点在している。
壺の他には絵画に、刀に、よく分からない生き物の剥製などなど。
関連があるのか無いのか不明な物が飾られている。
本当に誰の趣味なのだろう。
まあ、誰の趣味でも構わないけど。
そんな用途のよく分からない部屋でさえ清掃の手は行き届いているようで、正しく埃一つ無い。
まるで汚れない魔法でもかけられているかのようだ。
いや、恐らく実際にそうなのだろう。
きっと魔法の力がこの部屋には働いているに違いない。
この世界は異能系漫画やファンタジー小説よろしくのテンプレート的な異世界だった。
魔法やポーション_などの前世にはなかった物や概念、ドラゴンなどの地球にはいなかった生物が存在する。
その反面科学が全くと言って良いほど発展していない。
火薬や紙は存在しているのだが、それらは基本的に高価な物として扱われているようだ。
日常生活で使われる水や火に関しては魔法で代用が利く。と言うか魔法で大概のことを片付けてしまう。
私が住んでいるお城の天井を飾る大量のシャンデリアが、光の魔法と魔力の込められた小さなクリスタルで管理されていると知った時、私は目を丸くして驚いたものだ。
灯りにしても部屋に備え付けてある暖炉にしても、スイッチ一つならぬフィンガー・スナップ一つでオンオフが可能だ。
ちなみにフィンガー・スナップなんてカッコつけて言ってみたけど、いわゆる指パッチンだ。
つまりスイッチ要らず、コントローラー不用の遠隔操作。それも魔力が無い者でも操作できるときた。て言うかどういう仕組みで動いてるの? 指パッチンでオンオフって。
もし私が指パッチンできない大人に育ったら部屋の灯りはどうしたらいいのだろう。それも魔法の力で何とかなっちゃうのだろうか。
理解は全然追い付かないけど、魔法の力でこんなに便利な日常が送れるなら恐らく電気を使った機械が登場するのは当分先なんじゃないかと思う。
もしかしたら現れないかも。
しかし何にでも弊害というのはあるもので、前世では当たり前に在った記録や映像をデータで残す手段がこの世界には無い。と言うかデータとかデジタルといった概念がそもそも無いので、情報の管理も紙を用いた手段がほとんどのようだ。
ほとんどというのは、実は映像や情報も魔法で残すことが出来るからで、ここまでくると科学の進歩は絶望的なんじゃないかと思う。
では医学など人の生き死にに関する分野はどうなのだろうと、赤ん坊なりに侍女の会話に聞き耳を立てたり、パパとママの会話を聞いたりしてみたが、どうやらこの世界には回復魔法なる万能薬に等しい、もはや奇跡と呼べる現象があるので、いよいよ科学さんにはご退場願うしかない有り様である。
これはもしかしなくても電化製品は現れてくれそうにないな……。
まあ何にしても、魔法の力ってスゴいなぁってこと。
魔法さえ使えれば何でも出来てしまうと言える。
とは言え個人差があり、人によって使える魔法使えない魔法があったり得手不得手があるなど大なり小なり能力差はある。
しかし『火を灯す』『水を湧かす』『風を起こす』『土を増やす』などの基礎とされる魔法を使えない人は皆無なのだから、たとえ無人島に放り込まれなどしたところで火を起こせず暗闇に不安になることも、飲み水に困ることも、狩猟や農作に手こずることもないのである。
もちろん相応の知識は必要だろうけど。
そんな、この世界に生きる者の叡知とでも呼ぶべき力。
万能であり全能。
それが魔法という概念。
魔法という能力。
そしてその、世界の理とも呼べる魔法を最も強大に操ることが出来る存在が、私のパパである魔王ザライトなのだった。
「無事に生まれてくれたら良いんだけど……」
この優しいセリフを素で話す、黒髪黒瞳のイケメンである。
私の髪と瞳が黒いのはパパ譲りということになる。
この魔属が私のパパ。この国の王様、つまり魔王様だ。
正確な年齢は知らないが多分30代半ばといったところだろうか。
引き締まった端整な顔立ちと優しそうな目付き。鼻筋もスッキリしていて、見るからにモテそうな人である。
ママがロシア系ならパパはフランス系だろうか。
まあ、系統で言うとそんな感じ。という程度でそもそも人間ではないのだから、前世の民族に当てはめる意味はないのだけど。
そして、パパの容姿には最大の特長がある。
それは頭に生えた2本の角。
こめかみ辺りから山羊のような巻き角がにょっきりと生えている。
これは魔王だわ。間違いないわ。
角単体で見ると、何とも禍々しい。
いや、形がね。
くるりと一回転するだけに飽き足らず、先端は捻りが加えられ、なんか、こう、管楽器のチューバとかホルンみたいな形状になってる。
管楽器に禍々しさはないけど。
まあ、角が生えていることを除けば普通の人間と変わらないから、あまり人間と魔属というのは差がない存在なのだな、と思える。
パパもママもすごく優しいし。
ちなみにママには角は無い。私にも。
女の人には角が生えないという訳ではないのは使用人の人達を見ていれば分かる。生えている人とそうでない人がいるから、種族的な差なのだろう。多分。
話を戻して、そんなイケメンのパパが魔王という国の最高位の地位にあるのだから、天は二物を与えるところには与えるのだなぁと正直羨んだりした。
まあ、血の繋がった私のパパなのだけど。
パパがこれだけ整った顔立ちで、ママも相当な美人さんだから、これは私にもワンチャンあるのでは? と正直期待せざるを得ない。
まあまあ、私の外見のことはさておき。
そんなイケメンで身分も高く更に国内一の魔法の使い手でもあるというどんだけ設定盛れば気が済むのだと言いたくなる人――人ではなく魔属――なのだけど、実のところ最も強大な魔法の使い手などという仰々しい呼ばれ方は後付けらしい。
これには魔王という職業――魔王って職業扱いなの? と最初は思った――が大きく関係していて、パパが魔王国最強の魔法使いになったのは魔王を継いだ時からだそうだ。
そもそも、この世界での職業というものは個人の素の能力を恒久的に向上させる役割を持っていて、ゲームで言うところのパッシブスキルのようなものだ。
人々は任意か、もしくは強制的に特定の職業に就くことで自身の能力を向上させることが出来る。
本当にゲームの設定みたいだ。
そして、魔王はこの世界の中でも群を抜いて強大な力を有した職業なのである。
筋力、知力など基礎能力の飛躍的向上。
武器、防具、道具類の扱いの精通(達人レベル)
そして魔力の超越。
チート職業である。
ただし魔法と同じで個人の相性というものは何にでもある訳で、知力寄りに能力が向上したり、近接武器より間接武器のほうが得意だったり、火の力が他を寄せ付けない程向上する代わりに相反する水の属性に脆くなったり。
意外と思いがけないところ知らないところで能力がマイナス面に振り切れていたりするということだから恐ろしい。
有名なのは『魔王は光属性が弱点』である。
成る程、何となく分かる気がする。それっぽい。
それが感想だった。
ただ、弱点があると聞いてもそれだけ万能に近い力を手に入れることが出来るのなら、誰もがその肩書きを欲することだろう。
私も話を聞いた時は瞳を煌めかせて聞き惚れてしまった。
前世では小さい頃絵本で見聞きしたお伽噺、夢物語のそれが事象として身近に在ったのだから。
まあ、仮にそんな強大な力を手にしたとして、じゃあお前は何をするんだと問われたら答えに窮してしまう。断言できる。そんな大役が私に務まる訳がない。荷が勝ちすぎる。
それに何より各職種に就く為には色々と条件があるらしく、『今日から私は魔王ですよ』と自称したところで何の意味も無い。
当たり前だ。そんなホイホイ魔王が増えてもらっては困る。
条件は様々で、鍛練の末に自然と身に付くものもあれば、生まれながら才能の一つとして既に身に付いている事もあるそうだ。
その中でも魔王は特殊なものであり、世襲制の職業である。
私が聞き耳を立て知り得た情報の中で、特定できた魔王に成る為の条件は二つ。
一つ目は、王族直系の血縁者であること。
二つ目は、戴冠式で先代魔王から魔王を名乗る許しを得ること。この二つだ。
特例として、王位を継承する前に魔王が病などに倒れた場合にのみ、その第一子が継承することが出来る。……らしい。
らしいというのは、これまでに前例がないから、ということみたいだ。
魔法という万能薬が存在するこの世界で病に倒れることはまず有り得ないから、それはそうだろうなと思う。
そんな感じで、やっぱりこうして改めて考えてみるとパパは魔国で最強の存在であり、チート野郎なのだった。
これなら私がこれから人生――魔属生か?――を送るこの国は安泰だなぁ。素晴らしい世界に転生したものだ。
唯一気掛かりなのは、前世での親友幸のこと。
真面目だけど内気な子だったから、ちょっと心配。
しかも私の死の瞬間に立ち会わせちゃったし。
それも、超、超、超、超、超! 無様な最期に!!
あああああああああ! あばばばばばばばば! 恥ずかしい! 思い出すだけでも死んじゃいたくなる!
て言うか死んじゃったんだけどねっ!
…………。
うん。今更考えても仕方ないね。
私は死んじゃったし。異世界に転生しちゃったし。
こっちに幸はいないんだし……。
それに、こちらに転生してから既に一年が経った。
向こうとこちらの時間の流れや時間軸とかそういうよく分からないものが一緒なのか一切不明な今この状況では、考えるだけ無意味であり、幸が幸福な人生を送れるよう、私はこちらの世界から別世界に居る親友の幸せを願うしかないのだ。
彼女の名に相応しい、幸多からん人生を。
私は私で、この世界で生きていくしかないのだから。
そんな事を考え出すと、少しだけ沈んだ気分になる。
終わってしまった事。
始まってしまった事。
そんなどうしようもない色んな事が、懐かしかったり苦しかったりするのだ。
ただ、そんな時でも嬉しい事は時間と共に訪れるもので、今日、私に前世今世合わせて初の兄弟が産まれる。
姉妹かもしれないけど。
「あっ」
と、突然パパが声を漏らした。
疑問に思い、私はまた背中を預けてパパの顔を見上げる。
嬉しそうな顔を浮かべるパパ。
「……あー!」
隣の部屋から、1年前に聞いた高くけたたましい泣き声が聞こえた。
「うぁれた! あかたゃん!」
ろれつの回らない言葉で私は声を張り上げる。
「うん、生まれた。ネイル、生まれたね、赤ちゃん!」
パパはすごく嬉しそう。
涙ぐんでる。
て言うか、イケメンのパパの涙ぐむ顔、可愛い!
イケメンの破壊力すごい!
この場にそぐわない、感動的な場面をぶち壊す感想だけど、だってイケメン何してもイケメン!
ある意味驚愕に値する。
ぐしぐしと目を袖で拭うパパ。
嬉しそうだなぁ。
私が生まれたときも、こんなだったなぁ。
目尻に涙を溜めて、私を抱っこしてくれたのを覚えてる。
本当に素敵な両親の元に生まれたと思う。
前世の両親も祖父母も、イイ人達だったけど、『生まれてこれて良かった』なんて思ったことは一度も無かった気がする。
何でだろう。
あんなに恵まれた環境だったのにな。
「あっ……ネイル? ごめんな? 寂しい気持ちになっちゃったよな? 心配いらないよ。ネイルもパパとママの宝物だ。そして今日からは、赤ちゃんが、パパとママと、そしてネイルの宝物になったんだよ」
私はどんな表情をしていたのだろう。
別にパパに置いてきぼりにされたと思ったからじゃないけど、そんなに寂しそうな顔だったのだろうか。
だとしたら、私は前世に残してきたあの人達に、一体どんな気持ちを抱いたのだろうか。
あの人達を置いてけぼりにした私は。
「ぱぱ、わたしね、さみしくないよ。あかちゃんがうぁれて、とってもうれしぃの。わたしも、ぱぱとままのあかちゃんにうまれてこれて、すごくうれしぃの。ほんとぅよ」
言葉を短く区切り、一生懸命に伝える。
出来るだけ、ちゃんとパパに聞き取りやすいように。
あの人達には伝えることが出来なかったから。
この人達には、ちゃんと言葉にして伝えたい。
そう思った。
「ネイル……」
パパが驚いた顔をして、私をじっと見ている。
そして、膝の上に座る私を後ろからガバッと抱きしめた。
パパの抱き締める力が強くて、少しだけ痛い。
「ネイル……! ありがとう。パパも、ネイルがパパとママのところに生まれてきてくれて、本当に本当に嬉しいんだよ。ありがとう……!」
「ぱぱぁ、ちょっとだけ、いたいよぉ」
私の言葉を聞いて、ばっ、と腕を解くパパ。
「ああっ、ごめんよ。パパ嬉しくて、つい」
眉をハの字にして困った顔をして謝るパパが、可愛くて何だか愛しい。
本当に、素敵な人だ。
優しいママがパパを好きになったのも頷ける。
「それにしても、女の子は成長が早いって本当なんだなぁ。ユーナが言ってた通りだ」
どうやらパパはママに男子と女子の成長の違いを教わったらしい。
前世と同様に、こちらの世界でも女子のほうが心も体も成長が早いようだ。
昨日の夜、出産直前のママがパパに「女の子はあっという間に大人になるんですよ。ザライト様もそのつもりでネイルに接してあげてくださいね。体は小さくても、心は一人前のレディなんですから」と説いていた。
私の場合は前世の記憶が残っているから特別だと思うけど、この世界の一般常識的にもそうなのだろう。
しみじみと呟くパパだけど、この段階でそんなこと言ってたらこれから先の子供の成長速度についていけないのではなかろうかと少し不安になる。
魔属の成長速度がどれ程なのかはまだ知らないけど、私の心は前世からの持ち越しと考えると16歳だし、生まれたばかりの赤ちゃんはこれから順を追って成長する訳だから、単純に16歳差の二人の子供を育てることになる。
ママは誰に対しても平等に優しいから心配は要らないと思うけど、涙脆いパパは果たしてどうだろう。
私なら正直ゾッとしないな。
私が育てられる側で良かったと安堵せざるを得ない。
パパ、頑張って! ちゃんと応援するよ!
と心の中でパパを心から応援していると、隣の部屋の扉が開き、中から一人の少女が現れた。
黒を基調としたロングスリーブに足先まで届く丈のロングドレス。
それに白のエプロンとホワイトブリムという、ヴィクトリアンメイドさんスタイル。
装飾は控え目だが、エプロンとブリムには細かい刺繍が施されており、黒無地のドレスによく映える。
髪型をシニヨンに纏め、完璧な旧タイプのかっちりとしたメイドさんがそこに居た。
何で異世界なのにメイドさんは前世と同じなの?
過去に転生した人がいて、文化を伝えたのかな?
それともこういうのは似通っていくものなのか。
「陛下、第二子の御誕生をお慶び申し上げます。御后様の体調も問題御座いません。母子共に健康そのもので御座います」
少女はロングドレスであることを意に介さず膝を付き深々と頭を垂れると、私達が待ちわびた言葉を告げた。
そして頭を上げると私の顔を見てにっこりと微笑む。
「お嬢様、大変お待たせ致しました。もうご入室頂けますよ。ユーナ様も早くお二人に会わせたいと仰っておられます。どうぞ」
そう言うと少女はスッと立ち上がり、私達に近付くと両手を私に向かい伸ばす。
「りいぃー!」
私は差し出された両手に向かい全体重を委ね飛び付いた。
「こらこらネイル。慌てて抱き着いたら危ないよ。リリ、すまないな。ありがとう」
リリと呼ばれた少女は、パパに向かい小さく目で頷く。
少女の名はリリ・ルル。
詳しいことは知らないけど、魔属と人属のハーフらしい。
見た目は純粋にただの人間の少女で、変わったところは一つもない。
髪は赤毛で、眠っているような笑っているような細い目が特徴的。
顔立ちは割りと整っていて、10代前半くらいに見えるけど年齢の割に大人びているキレイ系の女の子、といった雰囲気だ。
あとはこれといって彼女の外見について特筆すべき点は無い。それくらい普通の人間に見える。
でもリリの立場については謎が多い。
まず王宮仕えの侍女の誰よりも若い。なのに、ママ専属の侍女を務めていて、パパとも明らかに距離が近い。それもパパの側近の誰よりも。
上司と部下、主人と使用人、そんな信頼関係の間柄ではなく、それはまるで家族のような一線の内側にいるような親しい距離感。
初めは親戚か何かなのかなとも思ったけど、名前がファーストネームとファミリーネームの二つしかないので、身分ある出自ではないと予測できる。
宮仕えの侍女の出自はほとんどが貴族で、ファーストネームとファミリーネームの間に出自を示す各家に与えられた爵位がある。
例えば公爵位『ラル』を持つ者であれば、○○・ラル・○○となる。
リリにはそれが無いので、出自はともかく身分が高くないことだけは分かるのだ。
それなのに魔王とその后であるパパとママとのこの距離感……謎だわ。
まあそれはいずれリリに直接聞けばいいことだと思っているから別に良いけど。
「りぃー、あやくいこぉー?」
私はリリの両手に抱かれ、私の顔をじっと見つめていたリリに催促の言葉をかける。
リリにはよく抱っこしてもらうんだけど、いつも私の顔をじっと見つめてくるんだよなぁ。
赤ちゃんが好きなのかな?
首を右に左に傾げながら、私もリリの顔を見つめ返す。
「……はい、承知しました。それでは、参りましょうか。陛下も参りましょう」
「男の子かなぁ。女の子かなぁ。楽しみだなぁ」
にこにこと笑う可愛いパパもようやく立ち上がり、私達は隣の部屋へと向かった。
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続き
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