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転職 | 骨を埋めると心に決めた会社を辞めた話

 骨を埋めると心に決めた会社を最近辞めた。
 理由は色々あるが、一番の理由は「勢い」で、未だに自分でもやめた実感がない。

 まずは時を戻そう。

 私はリーマンショックと東日本大震災の影響で就活に大変苦労した「13卒」だ。今のリクルートがどのようなものかは採用目線でしかわからないが、当時は完全な買い手市場だった。
 洗脳のようなインターンシップ、息苦しいほど大人数の集団面接、水面下でマウントを取りあうグループワーク、必要以上にプライベートなことを聞かれたり、「あなた大学に行く必要あった?」と言われたこともある悪夢の人格否定面接……。当時は社会なんて大人なんて大嫌いで全く行きたい会社なんてなかった。周りが続々と内定を決めていくなか、私は完全に腐ってしまいあるときから完全に就活をやめた。

 しばらくはそうやって大学最後のモラトリアムを謳歌していたけれど、それでも、大人になるのだから自立してお金を稼いで生活していく必要がある。そうして私は本当に渋々地元の小さな小さな零細と言われる会社に事務職として就職した。アルバイトで身につけたほんの少しの接客スキル以外なんの能力もない、ただ若いだけの私。当時はもう後がないとがむしゃらに働いた。
 手取りは当時14万(新卒だから住民税もまだ始まっていなかったのに……)、どれだけ残業しても手当は2万固定、休みは日曜固定と隔週土曜。今思えば完全に違法だったし、思い出しただけで具合が悪くなりそうだ。片手で足りるほどの社員しかいなかったので、もちろん忙しく、残業が月90時間を超えることもあった。残業代は固定なので2万円しか出なかった。もちろん違法だが、当時はブラック企業という概念がようやく世間に露呈していた時期だった。毎朝社員全員分のコーヒーを淹れて配って回った。「今日は濃いね」なんて嫌味を言われて、こんなこと本当にあるんだと思ったし、お昼休みも電話がかかってくるので気が休まらなかった。もちろんメンタルが弱く、元々体力がない私は1年しか持たず、会社をやめることになった。

 会社を辞めても、またブラック企業には入りたくなかったし、やりたくない仕事をしながら生きていくのはもう無理だと思った。そんなとき、私は昔からやりたかった仕事があったことを思い出した。幸いその仕事は国家資格や専門学校を出る必要のない職種で、社会人になってから勉強を始めても能力があれば就ける仕事だった。勉強するために正社員を一旦でも辞めると職歴は荒れてしまうけれど、このままやりたくない仕事を好きでもない会社で働いたところでどうせ同じことだ。
 そう思って、私はアルバイトや契約社員で働きながらお金を貯めてスクールに通い、死に物狂いで勉強をして、フリーランスやアルバイトで下積みを経て、ようやくやりたかった職業に正社員として就く事ができた。ここまで3年くらいかかった気がする。本当に苦しかった。絶対見返してやると何度思ったことか。

 そうして就職した会社は私にとって夢のようだった。まず、給料が新卒の頃に比べて2倍以上になった。休みもしっかりもらえて、人間関係も比較的まともで優しい人が多く、仲が良くなると休みの日にも遊ぶようになった。それに何より仕事が楽しい。残業が多い職種だったけれど、自分のスキルが磨けると思えばそれが苦ではなかった。年月が過ぎると管理職の立場になって、慣れないことが多く辛い日もあったけれど、それでもずっとこの会社に居たい。この会社に骨を埋めよう。そう思って会社から徒歩1分のところに引っ越しもした。私は完全に仕事にのめり込んでいた。
 学生の頃、担任教師に夢を語ると「趣味は仕事にすると辛いから辞めた方が良い」と言われた事があり、それ以来、私は誰にも自分のやりたい仕事を語らなくなったが、今ならはっきり言える。全然そんなことなかった。私はいつの間にかあれだけ憎んでいた社会の一部になって、仕事に勤しむ大人になった。小さな違和感には気づかないふりをしていた。

 今年の初夏、私はふと思った。転職しよう、と。あれだけ骨を埋めるつもりで、会社から徒歩1分のところに住んで、仕事にのめり込んでいたのに。人間関係もかつてないほど良かったのに。明確に会社のことが嫌になったわけじゃなかった。確かに、上層部は体育会系の気質があり、離職率も他職種は高く、経営状態もコロナ以降は良くなかった。お世辞にもホワイト企業とは言えなかったけれど、一応法律はしっかり守っていたし、そこが理由ではなかった。ただ、「勢い」だった。何かのタイミングで同僚と転職の話になり、そのときになんとなく転職サイトに登録したのがきっかけだった。

 そうすると、すぐにとある会社からスカウトが来た。仕事内容や条件、チャレンジしてみたいことなどが合致して、面接も都合を合わせてくれるという。そうして、私は面接を受けて1ヶ月もしないうちに転職先が決まったのだった。あっという間すぎて、私は本当に今の仕事を辞めるのだろうかと実感もないふわふわした気持ちのまま、退職日を迎えた。

 今はすでに新しい職場で働いており、とてもやりがいのある毎日を送っている。それに、残業がほとんどなくなったので、こうしてnoteなどを書く時間もできた。

 振り返って思うのは、あれほど最高に思えた職場で、骨を埋めるとまで心に思えていたのに、こうもあっさりと辞めてしまったのはやはり自分が薄情だからなのかと感じる。いまだに誰に対してなのかわからないが罪悪感もある。

 でも、私は「勢い」に身を任せた。いや、これは建前だ。本当は、このタイミングがなかったらおそらく年齢的にも転職が厳しいという思いもどこかにあったからだと思う。あとは完全に「欲」に負けた。お給料、余暇、仕事の領域を広げられる挑戦。正直、前職より魅力的なポイントが沢山あったのだ。初めて仕事が楽しいと思えた会社。仕事を頑張ろうと思えた会社。本当に感謝しているし、変なところもあったけど良い経験をさせてもらえた。でも、やっぱり、新しい職場はそれ以上に魅力的だった。

 結局何が言いたいかというと、就活で悩んでいる人、転職に迷っている人。皆、自分の気持ちに素直になってみても良いんじゃないかということ。「やる後悔より、やらない後悔」の方が辛いのは新卒の時に就活に失敗して学んだ。「趣味を仕事にすると辛い」は、全然そんなことなかった。だったら、自分に素直になって、色々チャレンジしてみても良いのではないかと。

 新しい職場では新たに覚えることも多いし、慣れないことも多々ある。だけど、それが良い刺激となって楽しんでいる自分もいる。今度こそ私は、この会社に骨を埋めたいと思う。


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