天涯孤独
響く重低音。
骨の髄まで揺らすような音と、しゃがれた叫び声。しかし、吐き出される言葉はとても繊細で、叫びながらもしっかりと心の奥底まで染み込んでくる。叫んでいるが、綺麗な声で美しい言葉が紡がれている。
俺は、夢の舞台にいる。
幼いときに楽器に触れて、初めてライブを見に行ったときからずっと目指していたステージ。
しかし、俺は気分が悪い。
どんなに努力をしても、叶わない人達がいる。
結果というものは、努力も必要だが、才能に恵まれた天才が血の滲むような努力をしているこの世界で、俺は才能も努力も全く足りていないことを思い知ることになった。
地元の小さなライブハウスでライブをしていき、少しずつファンも増えるようになって、仲間も増えて、いいスタジオも借りれるようになって、好調だった俺は、更なる飛躍を目指して東京へ来た。
そして、そこでやっているライブを見たときに———絶望した。
レベルが違った。
田舎と都会の中間ぐらいの地元で何とか上手くいって調子に乗っていたら、本物に叩きのめされた。
急に自信を失って、自分のライブで声が出なくなった。メンバーも急に声が出なくなった俺を見て徐々に俺から離れていった。
男は、自信を失ったら終わりだ。全てを失う。
いつも自信満々に歌っていた自分の声やCDに吹き込まれていた歌が、とんでもない醜態を大衆に向けて晒すゴミのように思えてきた。
音楽の道を突き進んできたが、それは憧れの存在がいたからだ。
ただ、才能の世界は残酷だ。勝負の世界には必ず勝者と敗者がいる。必ず負け犬が存在するのだ。
どうして負け犬になるのが俺じゃないって、思ってしまったんだろう。
輝かしいスポットライトを浴びて大衆の前で歌うミュージシャンは裏でとてつもない努力をしているし、不安やプレッシャーと格闘して地獄を見ながら作品を作り出している。
よく歌詞を読んでみると、鮮烈なヒットを飾ったアーティストの曲には悲痛な叫びが歌詞として表れていることが多い。
ただ、その努力には必ず才能が掛け算されている。俺は、努力だけでのし上がれるような逸材ではなかった。でも、まだ諦められない。
そう思って俺は、ステージに立つ。
自分よりも遥かに上のやつらの間で、携帯をいじったり飲み物をカウンターに取りにいく時間に使われながら、俺は歌う。
悔しい。
俺の歌を、聴けよ。
人は、思っているよりも自分の人生になんて、興味がない。
強さというものは、絶対的じゃない。
格闘技にしろ、芸術の世界にしろ、今チャンピオンになっている人が明日はびりになることが平気で起こるのが勝負の世界だ。
自分が手を抜けば代わりなんて腐るほどいる。
自分が強みだと思っていることなんて、少し隣の世界に行っただけで一瞬で崩れ去ってしまう脆いものなのだ。
俺は、狭い世界でチャンピオンになった気になって、いい気になっていた。
このままいけると、思っていた。
でも、それは勘違いだった。
俺は一生、このままなのかもしれない。
でも、一通り絶望した後、逆に潔くなってきた。俺は一生成功しなくていいし、誰にも認められなくてもいい。
俺は、やりたいことをやる。
一生誰にも認められず、一生孤独だったとしても、それでいい。俺は、諦めない。
誰一人として、自分の頭の中に何があるのか、どういう知識や経験を持っているのか、完全に理解しているやつはいない。
だから、他人なんて、所詮自分のことを理解などしていないのだ。だから、自分のことを不完全だと思ってアドバイスもしてくる。
気持ちよさそうな顔をして。
でも、そんな奴らにどう思われようと、俺は知ったことじゃない。
俺の価値は俺が知ってりゃいいんだ。
他の誰も知らなくていい。
消えない静かな青い炎を自分の胸の中に抱えていればいい。胸の内に灯した火の熱を、自分が実感出来ていればいい。
ふざけるな。知ったこっちゃいねえ。うるせえ黙ってろ。
俺は、俺のやりたいことをやる。
考えようと思えば、いくらでも考えるべきことはある。やらなければならないことは、みつけようと思えばいくらでも見つかる。
だから、俺は俺のままでいいんだ。
見栄ははらなくていい。バカならバカなままでいい。一番じゃなくてもいい。
自分が納得できることをやるだけ。
一個ずつクリアしていけばいいのさ。
マイペースでいい。
それが自分を甘やかすペースでなければ。
※
そんなある日、俺は不思議な男に出会った。
ライブハウスのバーカウンターでカバー付きの本を読んでいた。
ライブハウスで読書するやつ。気持ちが悪い。
だが、興味が湧いたので話しかけてみることにした。
「おい、何読んでるんだ」
こいつは全く返事をしてこない。
「おい、無視かよ」
反応なし。
「おい!」
本を引ったくった。
不思議そうな顔をしている。
「人が話しかけてるのに無視すんな」
ただ、こいつは言葉を話さなかった。
「何を読んでるんだ?」
ページの最初をめくってみると、「死の家の記録」とあった。
ドストエフスキーの、死の家の記録。
「変なもん読んでるな」
彼は少し笑った。
目は心の窓。目は口ほどに物を言う。
俺は直感的に思った。
こいつは、俺の人生に大きな影響を及ぼす人間だと。
彼は難聴だった。
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