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フェルナン・ブローデルの『地中海』:歴史学の地平を広げた記念碑的作品

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今日はブローデルの地中海を紹介します!

フェルナン・ブローデル(Fernand Braudel, 1902-1985)は、20世紀フランスを代表する歴史学者であり、アナール学派の重鎮として知られています。

彼は従来の政治史中心の史学から脱却し、地理、経済、社会、文化など、多角的な視点から歴史を捉える「全体史」を提唱しました。

その代表作が、1949年に発表された『地中海』です。

『地中海』は、16世紀のフェリペ2世時代を舞台に、地中海世界を包括的に分析した画期的な著作です。

第二次世界大戦中、ブローデルが捕虜収容所に収容されていた時に執筆が始まったと言われています。

当初は博士論文として構想されましたが、その内容は従来の歴史書の枠組みをはるかに超え、3部構成、1000ページを超える大著へと発展しました。

本論:『地中海』の内容とブローデルの歴史観

地中海世界の多角的分析

ブローデルは、『地中海』において、従来の歴史学が政治史に偏重していたことを批判し、地理的環境、経済、社会、文化など、様々な要因を総合的に考慮することで、歴史を包括的に理解しようと試みました。

このアプローチは、「全体史」と呼ばれ、その後の歴史研究に大きな影響を与えました。

『地中海』は、地中海世界を以下の3つの視点から分析しており、ブローデルは、ほとんど変化しない地理的現実から、社会経済的現実、そして最後に個々の出来事へと移行するというユニークなアプローチでこれらを提示しています。

  • 環境の役割

第1部では、地中海を取り巻く山脈、平野、気候、風土といった地理的環境が、人々の生活や歴史にどのような影響を与えてきたのかを考察しています。

ブローデルは、地中海という地理的空間が、歴史を規定する重要な要素であることを強調しました。

例えば、地中海特有の気候や地形が、農業や交易、都市の形成にどのような影響を与えたのか、詳細な分析を行っています。

  • 集団の運命と全体の動き

第2部では、地中海世界における国家や社会集団の興亡、経済活動、交易ネットワーク、文化交流などを分析しています。

ここでは、都市と農村の関係、東西の交流、イスラム世界とキリスト教世界の対立などが描かれています。

例えば、ヴェネツィアやジェノヴァといった都市国家の繁栄と衰退、オスマン帝国の拡大、宗教改革の影響などが、具体的な事例を交えて分析されています。

  • 出来事、政治、人間

第3部では、フェリペ2世をはじめとする歴史的個人の役割、政治的事件、戦争、外交などを扱っています。

従来の歴史学では中心的なテーマであった政治史ですが、『地中海』では、より大きな枠組みの中に位置づけられています。

例えば、レパントの海戦やスペインの無敵艦隊の敗北といった事件が、地中海世界の全体的な動向の中でどのように位置づけられるのか、考察しています。

「長期持続」の概念

ブローデルの歴史観において重要な概念が、「長期持続 (longue durée)」です 。

これは、地理的環境や社会構造、文化などの深層にある、ゆっくりと変化する歴史の基層を指します。

ブローデルは、この長期持続こそが歴史を真に理解する上で不可欠な視点であると考えました。

彼は、歴史を3つの時間層に分けました。

  1. 短期持続: 政治的事件や戦争など、短期間で変化する出来事の歴史。例えば、特定の王の治世や、ある戦いの経過などです。

  2. 中期持続: 経済の循環や社会構造の変化など、数十年から数百年のスパンで捉える歴史。例えば、価格革命や産業革命、封建制から資本主義への移行などです。

  3. 長期持続: 環境、文化、メンタリテなど、千年単位で持続する歴史の基層。例えば、地中海世界の気候変動、キリスト教やイスラム教といった宗教の広がり、人々の生活様式や価値観などです。

ブローデルは、従来の歴史学が短期持続に偏っていたことを批判し、中期持続、そして特に長期持続に目を向けることで、歴史の全体像を把握できると主張しました。

具体的な事例

ブローデルは、『地中海』の中で、具体的な事例を豊富に挙げて、自身の分析手法や歴史観を説明しています。

例えば、地中海における交易ネットワークを分析する際に、彼は船舶の種類、航路、交易品、商人たちの活動などを詳細に記述し、その背後にある経済構造や社会関係を明らかにしています。

具体的には、ガレー船やキャラベル船といった船舶の構造や航海技術、ヴェネツィアやジェノヴァの貿易商の活動、香辛料や絹織物といった交易品の流通経路などを分析し、地中海世界の経済的な結びつきを明らかにしています。

また、イスラム世界とキリスト教世界の対立を論じる際には、宗教の違いだけでなく、経済的な競争、政治的な対立、文化的な差異など、様々な要因を総合的に検討しています。

例えば、オスマン帝国とスペインの覇権争い、地中海における海賊行為、宗教的な寛容と不寛容の事例などを分析し、両世界の複雑な関係を描き出しています。

結論:『地中海』の影響と現代における意義

歴史学への影響

『地中海』は、歴史学に大きな影響を与え、その後の歴史研究に新たな方向性を示しました。

  • 全体史の視座

政治史中心の史学から脱却し、地理、経済、社会、文化など、様々な要因を総合的に考慮する全体史の視座を確立しました。

  • 長期持続の重視

長期持続という概念を導入することで、歴史の深層構造に目を向けることの重要性を示しました。

  • 社会科学との連携

歴史学と社会学、経済学、地理学など、他の社会科学との連携を促進しました。特に、イマニュエル・ウォーラーステインの世界システム論は、ブローデルの全体史と長期持続の概念から大きな影響を受けています。

また、『地中海』は、ヨーロッパ中心主義的な歴史観からの脱却を促し、非ヨーロッパ世界の歴史にも目を向けるきっかけとなりました。

現代における意義

『地中海』は、20世紀半ばに書かれた著作ですが、現代においても重要な意義を持っています。

  • グローバル化の理解

グローバル化が加速する現代において、異なる文化や文明が交流し、衝突する地中海世界の歴史は、多くの示唆を与えてくれます。

  • 環境問題への関心

環境問題が深刻化する中で、ブローデルが重視した環境と人間の相互作用という視点は、改めて注目されています 。

地球温暖化や海洋汚染といった現代の環境問題を考える上で、ブローデルの視点は重要なヒントを与えてくれます。

  • 長期的な視点の必要性

 短期的な変化にとらわれがちな現代社会において、ブローデルが提唱した長期的な視点を持つことの重要性は、ますます高まっています。

現代社会は、政治経済の変動、技術革新、社会構造の変化など、目まぐるしい変化に直面していますが、ブローデルの長期持続の視点は、こうした変化の背後にある、より根源的な歴史の流れを捉えることを可能にします。

結論と考察

フェルナン・ブローデルの『地中海』は、16世紀の地中海世界を舞台に、地理的環境から経済、社会、政治、文化まで、あらゆる側面を網羅した壮大な歴史書です。

ブローデルは、従来の歴史学が政治史に偏っていたことを批判し、「全体史」と呼ばれる包括的なアプローチを提唱しました。

また、「長期持続」という概念を導入することで、歴史の深層構造を理解することの重要性を示しました。

『地中海』は、歴史学に大きな影響を与え、全体史の視座、長期持続の重視、社会科学との連携といった新たな方向性を示しました。

特に、世界システム論の形成に大きな影響を与え、ヨーロッパ中心主義的な歴史観からの脱却を促しました。

現代社会においても、『地中海』は、グローバル化、環境問題、短期的な変化への対応など、様々な課題を考える上で重要なことを教えてくれます。

ブローデルの提唱した全体史と長期持続の視点は、現代社会を深く理解するための重要な鍵となるでしょう。

ブローデルの業績は、『地中海』にとどまりません。

彼は、『物質文明・経済・資本主義』や『フランス史』といった著作においても、全体史と長期持続の視点を貫き、歴史学に多大な貢献をしました。

彼の歴史観は、現代においてもなお、多くの人々に影響を与え続けています。


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