見出し画像

彩りと心のしわあわせ【第6話】隣にいられる時間を経て

*この物語のはじめから読む*

第5話を読む*


【第6話】隣にいられる時間を経て



手招きに応じてくれて、店の前まで来てくれた女性に声を掛ける。

「るいさん!こんにちは。来てくれていたんですね!お店の中に入ってくれたらよかったのに。」


居心地が悪いのか、言葉としては返ってこない。


その様子を見かねた律輝が、声をかけてくれた。


「外、暑かったんじゃないですか?今、自分たちの休憩用で、コーヒーを淹れていたところだったんです。もしよければ、一緒にどうです?アイスコーヒーにしてお出しするので、お時間大丈夫であれば、座ってお待ち下さい。」


その言葉を受け、いつものカウンター席に座ってくれた。
その様子をみて、ほっと安堵した。

それは、彩芽も同じようだった。


この女性は、るいさん。
おばあちゃんが言うには、41歳で、もうずっと来てくれている方らしい。

一度も仕事をしたことがなく、家にも居場所がなく、人と会いたいわけでもなく。

唯一いることができる落ち着く場所が、【喫茶 カラフル】だったとのこと。


おばあちゃんが、無理に話しかけてくるわけでなく、でも、コーヒーは飲ませてくれて、ご飯も食べさせてくれる。

そんな、るいさんは、人のことをよく見ているし、自分の所属が社会にないことを、よくよくわかっていた。

だからこそ、おばあちゃんは、居場所となるように接してきた。


お店に、最後までいたのも、ごちそうしてもらって恩返しとして、お店の掃除をしてくれていたからだったらしい。


おばあちゃんのことを、「よりさん」と呼んで、とても慕っていた。
わたしたちとは、まだ会話にならないが、おばあちゃんとはよく話したみたい。

実は、夢があるということも、やりたいことがあるということも、このままではいけないと思っているということも。


今日は、「よりさん」がいない【喫茶 カラフル】に足を運んでくれたのも、おそらくとっても勇気がいることだっただろう、と、想像に難くなかった。


「コーヒーができましたよ。一緒に飲みましょう。」
彩芽が、声をかけながら、るいさんの目の前にアイスコーヒーを置いた。


「わあ、美味しそうなコーヒーだね。るいさん、わたしも、お隣で飲んでもいいですか?」

驚いた表情をみせたが、コクっとうなずいてくれた。

「ありがとうございます」
そう言いながら、わたしはるいさんの隣に腰掛けた。

「るいさん。今日は、来てくれてありがとうございます。リニューアルオープン日、覚えてくださっていたんですね!うちのおばあちゃんがいないかも…と感じていたと思うのですが、どうして、来てくださろうと思っていただいたんでしょう?」


しばらく、沈黙の時間が続いた。

30分くらいの長さに感じられたが、実際のところは5分くらいだったろうか。

途中で何度も口を挟みたくなったが、話そうとしてくださっているのならば、その気持ちを大切にしたい。
るいさんの息遣いまでもキャッチしないと、言葉に気づくこともできない。

そう思って、長い沈黙に耐えた。


隣で、息を吸う音が聞こえた。類さんの方に耳を傾けた。


「わたしの行ける場所は、ここだから。ここに来ると、少しの間でも、自分でいられる気がするから。」

わたしは、るいさんの肉声を初めて直接聞いた気がする。そして、言葉は短かったけれど、とっても深い話だと感じた。

今日は、ここが来れる居場所かどうか、確認のために来てくれたのだな、と思った。


この日は、コーヒーを飲み終わると、「帰ります」と言い、席から立ち上がった。

「今日のお代は、いらないですよ。このコーヒー豆の試飲も兼ねていたので。よければ、また来てくださいね」
彩芽が声をかけながら、ドア付近まで見送っていった。

丁寧にお辞儀をして、帰っていった。


お見送りした後、わたしは外に出て、庭の花々に水をやる。

「るいさん、どう感じてくれたのかなあ〜?」

次に繋がってくれるかどうか、不安だった。





るいさんは、その日以降、カラフルの営業日には、毎日来店されていた。

少しずつ、空間にも慣れてきたようで、滞在時間もゆっくりになってきた。食事もとれるようになっている。

わたしたちの不安は、早々に覆された形だ。

驚きの報告が、姉から毎日のように入ってきている。


るいさんからは、コーヒー代だけいただくことになっていた。

食事代については、おばあちゃんから、先にお支払してもらっているからである。



わたしは、有給を取って、平日にお店に行った。

行った理由は、もちろん、るいさんとお話するため。


今日も、あの日と同じように、隣に座って、コーヒーを飲みながら、語りかける。

「お家で何してるんですか?」

「何も。」

「部屋の掃除は?」

「してない。だから、人呼べないんですよ。呼べる友だちなんていないけど。」

自虐を挟んでくるあたり、本当は、おもしろい方なのかもしれない。

お返事がそっけないのも、慣れっこだった。
ただ、回を重ねるごとに、表情が変化してくれるようになったことを、わたしは気づいていた。

そろそろ、しかけ時かなあ〜。 

おばあちゃんと打ち合わせをしたその日から、わたしの心の中で思っていたことを、ついに提案してみることにした。


「あの、もしよければなんですけど、ここの掃除を一緒にやりません?姉が最近忙しくて、手が回ってないみたいなんです。わたしもチカラになりたいと思ってるんですけど、ひとりじゃやるの寂しいな〜と思っていて。るいさんとできたらいいな〜と思ったんですよね。いい運動にもなりそうですし!」

拒絶されている様子はないため、話を続けた。

「もちろん、タダでやっていただくわけにはいかないのですが、今このお店がまだ軌道に乗っていなくて、お金でのお支払いは難しいんです。掃除終わった後の一服として、「お好きなドリンク無料券」では、どうでしょう?」


「いや、いつもごちそうになっているし…。そこまでいただかなくても。」


「それとこれとは別ですよ。食事代としてではなく、やっていただいたことに対するお礼です。姉夫婦には、わたしから話つけておきますので!」


話をつけておく、と言いつつも、わたしは、すでに彩芽夫婦から、内諾をもらっている。


「それに、毎日じゃなくていいんですよ。一緒に、と誘っておいて、わたしも、このお店に来ることができる日が限られていますし。それに、人間なんで、休みは必要です。最初から飛ばすと疲れてしまうので、まず、土曜日だけはどうでしょう?
次の日はお店なお休みになるなので、掃除も力入れたいですし!」


珍しく、この言葉かけに対する返事は、時間がかからなかった。

「はい。よろしくお願いします。」


こうして、この日から、るいさんとわたしのおそうじ大作戦が始まった。




るいさんの吸収力は、スポンジ以上だった。

一度一緒にやったことは、メモして、覚えて、ひたすら繰り返していた。
最初に提示した土曜日だけでいいよ、という条件は、1週間でなくなり、わたしがいない日も掃除を続けてくれていた。
るいさんは、とっても丁寧で、ドリンク無料券だけでは足りないほどの仕事ぶりで、気づくと、この店の誰よりも、掃除が得意になっていた。

「るいさん、もう…これ職人レベルですよ!」

返事はないが、まんざらでもなさそうだった。

褒めたら褒めただけ、頑張ってくれた。

段々と、スムーズに会話ができるようになり、心なしか、るいさんの姿が、頼もしくなったように見えていた。


第7話へつづく

#創作大賞2024
#お仕事小説部門





最後までお読みくださり、本当にありがとうございます(^^)!もしよろしければ、サポートいただけると大変嬉しいです✨いただいたサポートは、今後のnote活動をもって、還元していきます。