「文章を書くこと」から学んだ「絵を描くこと」【クリエイターフェス特別お題】
みなさん、こんばんは。禧螺です。
今日もnoteをご覧いただき、ありがとうございます。
何度も同じことで苦しむことがあって、どうして毎回悩まされるのだろうと頭を抱えることが多い私。
ただし今回は、そのなかで、ふと気付いたというか、自分としては「生きていく上での学び」を感じ取ったように思います。
その学びを、本日のお題「#最近の学び」にて、シェアしさせていただきます。
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最近、掲載頻度が落ちていますが、絵を描くことも好きな私は、創作で自分のキャラクターを創って、他のクリエイターさんとの交流を楽しんでいます。
ただ、自分が抱える大きなコンプレックスがあります。
それは、絵を描くのがすごく遅い。
どれくらい遅いかですが、例えば、他の方が1ヶ月に4枚、A4サイズでフルカラーの絵を仕上げている段階で、私はまだ1枚目の下描きも終了していません。
終了どころか、堂々巡りの真っ最中ともいえる状態。
「描くの遅い上に、周囲と比べて、どう見てもクオリティーが低くいのがわかるから、掲載するの嫌になってきたな」と思ってしまう。
自分で、どの技術を磨けばいいのかという把握はできているのですが「磨いたところで何になるのだろう」という、落込みも襲ってくるのです。
周囲はとっても早く進むのに、私はいつまでたってものろのろしか進めなくて、とてもイライラする。
「そんなことを言っている暇があるなら、紙とペンを持って、一秒でも長く絵を描け!絵に向かえ!」と言いたいのですが、これを言うと、さらに自分が自己否定を強めて、負のループがこじれてしまう。
絵を描いている方は、絵に対して、たくさんの時間をかけていらっしゃいます。
絵を描くことだけではなく、絵の質を向上させるために、どこかの時間では描く練習をされていたり、試行錯誤を重ねていおられます。
それぞれの持つ課題に向き合いながら、挫折したり、楽しまれている。
ここで、ふと湧き上がった見方がありました。
「確かに私は、絵を描くことが好き。
でも、絵を描くことよりも時間を割いているものがある。
私の場合は、文章を書くこと」
文章を書くことに関して、確かに、多くの時間を割いている実感はあります。
技術的な表現を習得するのはもちろん、語彙を検索したり、自分の好きな作家さんの本を読んだりして研究している。
伝わる文章についても考えているし、最近はただ伝えることだけではなくて、相手になるべく寄り添った文章を書くことを、再び勉強したりしています。
気に入った表現を書き留めたり、そもそも「文章を書くこと」についての、みなさんの記事をはじめ、いろいろな方の見解を聞いて「じゃあ私はどんな立ち位置にいるのだろう」と、毎日考えずにはいられない。
そういうことを繰り返してきたからこそ、今では、文章を書くことに関して、心理的抵抗は少なくなりました。
だから、いろいろな分野で、いろいろな文章を書いてみたいと思う。
ノリに乗っている時なんかを考えると、30分で1500字は書いてしまう。
ちゃんと成長している。
私自身は、時間をかけている「文章を書くこと」確かに成長しているのに、それに見向きもしていない。
自分に申し訳ないことをしていたのですね。
絵のように、誰にも一目見てわかる成長ではないけれど、私の場合は「連続投稿日数」がその一基準だと言えそう。
1000日いった時は、どう自分をお祝いしてあげようか。
こう考えた瞬間「そっか、絵にも時間をかけてあげればいいのか」と、意外なほど単純に納得しました。
単純な解決方法ですが、単純だからこそ、周囲が見えなくなっている時には、浮かんで来にくいものだと言えそうです。
あとは、どんなに完成が遅くとも、それでも待っていてくれて、一緒に楽しんでくれて、成長してくださる仲間を探すこと。
絵は一人でも楽しめますが、やっぱり一緒に楽しんでくださる方や、深い考察をくださる方がいると、とっても楽しいのです。
人と生きることが楽しいと思える時間に変わる。
そういう意味で、創作を通して誰かと交流できることは、それだけで尊いことだと思っています。
これからは、絵も成長させたい。
この学びを、ただ思って消すだけで終わりたくない。
だから、いつでも読み返せるように記事にして置いておく。
これも、文章を書くことで、時間をかけて学んだこと。
文章を書くことも、絵を描くことも、私が生きていることを表わすものとして、大事に持っていたい。
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トップ画像は via myroom様 からお借りしました!
ありがとうございました。
みなさんに、ここで出逢えて嬉しいです。
この記事にお時間をいただき、ありがとうございました。
それでは、今日はここまでです。
みなさんの本日が、素敵なものでありますように。