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記事一覧
短編小説 マッチの男
随分と肩身が狭くなってしまったが、良樹は喫煙者だった。子連れの母達が生活圏のトイレの場所を把握しているように喫煙できるスポットを良樹は知っていた。
この小さな公園に隣接するコンビニには、細長い灰皿が置いてある事は知っていた。ただ、いつ撤去されたのかは知らなかった。
「まいったな」
この辺りの吸える場所はあとは個人経営の喫茶店だけでそこのマスターは話好きなのだ。良樹が煙草を吸いたい時は、大体
短編小説 結婚適齢期
アニサキスを見たのは初めてだった。切り身の鰤に塩を振る時に気がついた。キッチンペーパーを一枚取りアニサキスを引き出す。節のないミミズのようなそれを取り除き、手順通りに塩を振る。行洋は無の境地でそれを魚焼きグリルの中に置いた。火をつけると次第に鰤の焼ける良い香りが立ち上ってくる。しかし食べる時にアニサキスの事を忘れられるだろうか。
行洋が自炊を始めたのは不摂生が祟り健康診断でCを貰った為だった
短編小説 愛を教えなかった女
心は目の前にいる愛すべき汚れた男を睨みつけた。鳴海は首を横に曲げ遠くをぼんやりと眺めている。反省しているようには見えなかった。ただ、この嫌な空気が流れている瞬間をやり過ごしているように見えた。
「言い訳くらい、してよ」
心はやっとの事で声を絞り出したが鳴海はどこか他人事だった。
「言い訳、しないよ。浮気というか……」
「向こうが本気だってこと?」
「いや……何というか。みんな同じというか」
「
短編小説 「何もしなくていいから」
あずさはくたくただった。ここのところイレギュラーな仕事が入り、メールをやりとりしたり、会議をしたりして夕方には全身が浮腫んでいると分かるくらい疲れていた。
家に着いたらまず寝そべろうと思っていた。
「ただいま……」
パンプスを脱ぎ、玄関に座り込む。あずさは疲れていた。出迎えの陽二の顔を見ることも出来ずにいた。陽二はあずさの隣に座るとそのまま胸に手を当ててきた。
「え?」
あずさのシャツのボ
短編小説 パーティの女
あの坂を下り、三つめの交差点を左に折れた所に綾乃の家はあった。駅からは二十分かかるがコンビニはある。ファミレスに弁当屋にファストフード、イタリアンにはテイクアウトもある。スーパーは無いので自炊しようと思わなければ割といい物件だ。
涼介が綾乃の家に住み始めた時、真っ先にスーパーの位置を聞いたのを思い出したのだ。涼介は豪快な趣味の料理ではなく、母親が実家で作っていたような料理をする。
毎日はパー
短編小説 海が、光る
渚は走った。海沿いの歩道は潮の香りがして半袖の腕を舐めるように風が吹く。今日、決まった。夏休みの展覧会に渚の絵が出品される。この嬉しさを隠せなかった。一番に伝えたい!病院に早く着きたかった。
「なぎさくーん、待ってー」
後ろから由奈の声が聞こえる。今日は一緒に帰らないって言ったはずだ。のんびりした声が息を切らしてついてくる。渚は舌打ちすると立ち止まり、由奈が追いつくのを待った。
「なんだよ、待
短編小説 初めての子供
美雨は可愛い。眠っている時のふわふわとした髪の毛もそうだし、舌足らずで正悟を呼ぶのも可愛い。少し重くなってきたが、抱えられないというほどではない。むっちりとした腕、すべすべの足、幼児特有の頬の膨らみ。
ただ、好きなのかと問われれば首を傾げざるを得ない。正悟は大きな声が嫌いで、美雨は泣くしかできないのだ。
この一点だけで、全てが台無しになるほど美雨の泣き声は大きい。しかも幼児とはいえ女なのだ。
短編小説 秘密のYouTube
スコアブックという本を初めて見た。若葉は圭祐の差し出したそれをパラパラとめくってみる。音符や数字、アルファベットなどが所狭しと書いてあり若葉はため息をついた。
「何が書いてあるのか、全然わかんない」
「初めはそうだよ、みんな」
俺もそうだった、と圭祐は言った。ただの譜面だと呟いて若葉からスコアブックを受け取る。圭祐はYouTubeにギターを弾く動画をこっそり上げている。
圭祐の家族以外でそれ