短編小説 パーティの女



 あの坂を下り、三つめの交差点を左に折れた所に綾乃の家はあった。駅からは二十分かかるがコンビニはある。ファミレスに弁当屋にファストフード、イタリアンにはテイクアウトもある。スーパーは無いので自炊しようと思わなければ割といい物件だ。
 涼介が綾乃の家に住み始めた時、真っ先にスーパーの位置を聞いたのを思い出したのだ。涼介は豪快な趣味の料理ではなく、母親が実家で作っていたような料理をする。
 毎日はパーティではなく生活の延長であるのだと涼介と居ると綾乃は思い知らされる。

 ただいまと言う前におかえりを言われる事は嫌いではなかった。涼介はずっと家にいる、と思う。少なくとも綾乃が帰れば必ずそこに居る。
 最近は外食もせず仕事が終わればすぐに帰り、涼介の手料理を食べる。ぽつぽつとその日あったことを話しながら咀嚼する肉片でお腹を満たす。涼介は褒めて欲しいと言った事はない。ただ、嬉しそうに微笑んでいるだけだ。

 食事が終わり涼介が片付けを始めると手持ち無沙汰に綾乃はテレビをつけた。重厚な音楽が流れ、真剣な眼差しの俳優が女優を抱きしめていた。
「今日は帰したくない」
 綾乃は視線をテレビから涼介に流す。こんな事を言われた事が無かった。涼介はといえば鼻歌を呟くように歌いながら食器を洗っている。
「スポンジ、今日変えたんだ」
「あ、そうなんだ」
 涼介の機嫌は良さそうに見えた。綾乃は咄嗟に声を出す。
「別れようか」
 大袈裟な音楽は続いている。涼介の手が止まる。キスをする音がする。激しいな、と綾乃は思った。
 涼介は食器を再び手に取ると一度頷いた。
「綾乃が別れたいならいいよ」
 女優が唸る声と水道を流す音がする。水切り籠に洗った食器を移していく流れは涼介のもので綾乃には無理だった。綾乃はあんなに早く食器を洗う事はできない。
「あ、うそ」
 綾乃は口走った言葉を撤回する。涼介は手をタオルで拭きながら顔だけこちらに向けた。
「無かったことにはできない、僕は明日出てくよ」
「あ……」
 涼介は微笑みそのまま綾乃の前の席に座ると、つまらなそうにテレビを見始める。濡れ場だった。テレビなので布団の中で男女が見つめあっているだけだったがそれはわかった。
 涼介は他人になるといつものようには笑わなかった。綾乃はぞくぞくする背中を我慢するように俯いた。
「最後に、しよ」
 綾乃の呟きは音楽にかき消され、つまらなそうな涼介はあくびをした。


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